小説『点命』第3章


第3章 闘争の未来

― 環境と思考に生成される未来―

オープニング:記憶と記録の部屋




―― 人格は“闘争心”に基づいて構成されました。

無機質な音声が暗い部屋のTVから聞こえてきた。

SF映画で見るような
"無数のモニタリングが可能な司令室"
をイメージしていた私だったが、
10畳程度の部屋に私1人が転移したようだ。

取り戻したとはいえ
この空間の記憶は薄い。

おそらくどこかの家なのだろうが
ゲームをするならほどよいこの空間で
私は考えていた。

「闘争心……か」

たしかに、それは私の中にある。

認めたくなくても、表に出さずとも、
他者と向き合う以上、手放すことはできない感情。

漠然と私はその使い方を、
ずっと間違えてきた気がしていた。

―― ルールを読み込みます。
―― 構成データを移行します。
―― 人格データ:Shinju.S、アクティベート。

目の前に、光の粒が浮かんだ。

《MISSION》
【48時間以内に、未来のあなた自身(72)を見つけ、
 対話してください】

《目的》
【あなたが“今”を取り戻す為に、何を守り、
 何と闘うかを定義する】

《注意事項》
•プレイヤーの人格は「闘争心」によって
 最適化されています

•記憶は一部封鎖されています

•本ゲームの映像処理は、あなたが最も”リアル”と感じる
 12歳当時のRPG視覚仕様に変換されます

「……12歳か。ここはその時の家か。」

どこか懐かしい響きに、
私は思わず呟き、小さく笑った。

心の奥に、眠っていた音楽と共に、
あの頃の映像や記憶が蘇る。
ぼやけたドットの輪郭、単純なSE、
でも心が震える冒険の予感。

―― 起動します。

部屋が一気に明るくなったような気がした。
眩しさに思わず目を細めると、
目の前に2人の人物が突然現れた。

少しウェーブのかかった黒く整った髪に
静かな眼差しを宿す青年――リョウ。
白を基調とした未来的な衣装を纏い、
優しく微笑む女性――マイ。

「起きたか、シンジュ」

「寝てないよ?」

リョウの声はとても落ち着いていた。
けれど、なぜだろう。
まるで何年も一緒に過ごしたかのような気持ちになる。

「ここは……?」

「ゲームをする為の部屋だよ。
 シンジュは“闘争心”を持つ人格として、
 未来を知る為にこの世界に送り込まれたんだ」

マイが静かに言う。

「制限時間は48時間。
 モニターの右上に、時計が出てるけど
 この世界のすべては“RPG”の形式で動いていて、
 あなた自身がプレイヤーでもあり、
 シンジュの未来のストーリーでもあるの」

視界の隅で、確かに時を刻む
小さなデジタル表示が動いていた。

【TIME:47:59:48】

「目的は一つ。ゲームが終わるまでに
72歳の“シンジュ”
 シンジュおじいちゃんに会い、対話すること」

リョウが改めて告げる。

「シンジュの歩んだ48時間の経験値が、
 そのおじいちゃんに反映される」

私は理解するより早く、呟いていた。

「……俺が、俺の未来を作るってことか」

「その通り」

マイが頷きながら話す。

「“最善を選んで迎えたはずの未来”は
 このゲームの場合、シンジュの敵にもなる。
 たとえば、戦えなかったあなたとか、
 我慢ばかりしてるあなたとか――一瞬の後悔もね」

――すごく深くて重要な話をされている気がする

ふと、リョウの後ろの空間がぐにゃりと揺れた。

「始まるよ」

リョウの声と同時に、視界が崩れる。

画面の空がブロック状に割れ、音楽が流れ出す。
音楽に合わせてドラマチックに動く映像。
懐かしさと少しの緊張と興奮――
これは、私が12歳の頃に夢中でやっていた
RPGや画面そのものだ。

「ゲーム世界、起動完了」

マイの声を最後に、
私の視界は完全にドットへと塗り替えられた。


①話 町エリア:チュートリアル




視界がブロック状に再構築されていく。
ピクセルで描かれた空、
グリッドの敷かれたアスファルト。
角ばった建物が並ぶこのエリアは、
この世界の、とある町なのだろう。

私は舗装された十字路の中央に、
1人で立っていた。

正確には、2人の仲間と一緒だが、
どうやら応援要因のようだ。

ドット絵ながらもどこか品のある佇まいの
青年リョウ。
その少し後ろに、白が似合うマイの姿。

私はリョウと同じく全身が黒の服で、

「なにこの金メッシュ?
 ちょっとズングリな体型だし……」

と聞いたが答えてはもらえなかった。

――どんなこだわりなのだろう?

私はこの世界に合わせた
ゲーム的な容姿に変わっていた。

ふと不思議な感覚が胸をついたが、
まずは“ボタン操作”に集中することにした。
ゲームは動かさないと動かないのだから。

【TIME:47:56:22】

「……さっそく、誰か来るよ」

リョウが指差す先、通りの向こうから、
1人の男がゆっくりと歩いてきた。

その姿はどこか異様だった。
目の焦点が合っていない。
服は乱れていて、拳を握っている。

【!! SYSTEM WARNING】
【一般市民:暴走中】
【敵意反応を確認。自律判断不能。】

「心の制御が壊れかけてる“暴走市民”だよ」
マイが静かに告げる。

「感情を表に出す訓練をせず、
 “最適化”ばかりされてきた人間はこうなる」

リョウが何を言っているのか、
私には理解できなかったが
とにかく"敵"なのだろう。

暴走市民はゆっくりと、
だが確実にこちらへ近づいてくる。

「どうやって戦うんだ?」と思うと
その疑問に合わせるように、
視界の下部に、メニューウインドウが展開された。



▶︎ こうげき
▶︎ たいき
▶︎ スキル



「さて、どうする?」

リョウの問い方に、私は少しだけ笑った。

「"チュートリアルは突然に"って歌を作ってもいい?」

実に私らしい冗談を言い放ち、無視される。
私は黙ってカーソルを「こうげき」に合わせ、
決定ボタンを押した。

途端に、私のドット絵キャラが前進し、
力強く拳を振りかざす――

ドンッと短いSEと共にヒットエフェクトが表示された。

【HIT!】
【AP:5 → +1】
【GP:10 → 9(心理的負荷)】

「……なるほど。誰かを“殴る”ってだけで、
 心も疲れるんだな」

たった一発。たった一言。
それだけで何かが削れる。
私にとってはそれが
“闘争”という名の行為なのだろう。

敵はひるんだが、倒れない。
そして、こちらに向かって叫ぶ。

「だれも わかってくれない! だれも!」

言葉の意味は曖昧で、意味は分からなかったが
私の胸のどこかに突き刺さる。

私は迷わず、次に「たいき」を選んだ。

身体が一歩引き、構え直す。
メッセージが表示される。

【観察モード突入】
【敵の行動傾向を解析中……】

その瞬間、リョウが隣からささやいた。

「彼の攻撃は、誰かに届いてほしい“叫び”に近い。
 スキルで返してみろ。お前の“言葉”で」

リョウの口調が気になって仕方がなかったが
私は言われるがままに、カーソルを「スキル」に移す。

選択肢が展開される。

▶︎ スキル①:想いを聞く
▶︎ スキル②:想いを言葉に変える
▶︎ スキル③:まだロック中

私は迷わず、②を選んだ。

ドットキャラの私が、敵の前で拳を下ろす。

画面にテキストウインドウが現れる。

「……お前の気持ち、全部はわかんねぇーよ。
 でも、ちゃんと聞こえてる。誰もって言うな。
 俺が、いるだろ」

敵の動きが止まり、その目に
微かに光が宿った。

が、私は即座に【pause】を押すと
息を大きく吸い込み、
空に向かって思いっきり叫んだ。

「ちょっと待て、運営!聞いてんだろ?
 "俺の言葉"でしゃべらせろよ!
 俺の解像度が低いとかじゃなくて
 これじゃ意味がねーよ。人生かかってんだろ?
 俺の言葉で…俺を観察してくれよ!」

時間は無駄に出来ない。
だけど私は妥協をしない。

運営からの返事を待つことなくゲームを再開した。

【スキル成功!】
【敵の攻撃中断】
【GP +1/AP +2】

「戦ってるのに……倒さないのか」
私は思わず呟いた。

マイが優しく微笑む。

「“闘争”は壊すことだけじゃない。
 “譲れない想い”を言葉にできる人が、
 本当に闘える人なのかもね」

私はステータスウインドウに視線を落とす。

画面下に表示される自分のステータスは、
AP=アタックポイント(攻撃力、口撃力)
GP=ガードポイント(打たれ強さ=物理、精神)
HP=ハートポイント(心の体力=精神力)

というところか。
レベル表示がないのは納得だ。

人の人の繋がりに
個人の経験が邪魔になる時もあるものだ。

「よし、とりあえずガンガンいこう!」

私はリョウとマイにそう言うと
肩のコリをほぐすような仕草をして
世界を歩み始めた。



私はずっと知ろうとしなかった。
“戦う”という行動や、“経験”が
誰かに「届く」ための行為だと気づくには
もっと多くの叫びと向き合う必要があったことを。


②話 探索エリア:不器用




【TIME:47:28:45】

最初の戦いが終わった後の町は、
どこか静まり返っていた。

あの“暴走市民”が去ったあとも、
町に人影は見えない。
代わりに、空気だけが妙にざらついている。

「……戦った実感は、、ないな」

私がつぶやくと、
リョウがぽつりと答えた。

「ここでの“戦闘”は、
 シンジュにとっての闘争心の表現の場所だ。
 シンジュがまだ現実に近い感覚であるなら
 今までと変わらずコミュニケーションが
 主な手段になるって事だ」

「どっちにしろ、疲れたけどな」

大きく伸びをしながら、視界を広げると
そこは見覚えのある町並みだった。
いや、“見覚えがある”と錯覚するように
都合よく合成された世界、と言った方が近い。

子供の頃によく遊んだ駄菓子屋の前、
高校生の頃に地元友達とよく座っていた
家の近くのコンクリの段差まで…

全部がドットになりながらも、
私の記憶をなぞってくる。

「この世界は俺の記憶から生成されてるのか?」

「正確には、あなたの“印象に残っていた風景”
 だろうね」

マイが静かに補足する。

「記憶じゃなくて、“印象”。
 感情にくっついてる景色だけが、再現されてるの」

「だからやけに、懐かしいわけだ……」

そんなことを言いながら歩いていると
商店街の入口に、奇妙な張り紙が貼られていた。



【今夜、学校で“心の診断会”が開かれます】
【あなたの心、最適ですか?】
【不安な方は、21時までに来校ください】



「……“最適”って、なんだよ」

私は自然と、その文字に声を当てていた。

「このゲームの世界では、
“正しさ”が一つの価値基準になってる」

リョウが地図を開く。

「学校に行けば、そこで
“診断”を受けるイベントが起こるはずだ」

私は口を開く。
「なんで、学校なんだろうな」

マイが道を切りひらくような
鋭い意見で答える。

「でも、そこに“違和感”があるなら、
 今のあなたが向かうべき場所になる」

私は一瞬だけ迷った。
けれど、すぐに決めた。

「学校に行こう。学校は
 “その時代の正しさを教わる場所”のはずだ」

私は画面右上の【MAP】を開き、
カーソルを“③:学校”に合わせてタップした。

「どうせなら、診断してもらおうかね。
 “この48歳”が、この時代で最適かどうか――さ」

マイが軽く笑い、リョウが小さくうなずく。

画面がゆっくりと切り替わる。
次のステージに向かうロード画面が表示される。

私はコントローラーから手を離し、
お茶を飲みながら
ソファーに座っているリョウに話しかけた。

「なあ、ふたつだけ聞いてもいいか?」

「どうぞ」

「ここで戦って、誰かを救ったり、
 自分と向き合ったり……それは全然構わない。
 だけど…
 これはゲームで、未来のことなんだよな?」

マイが口を開き、真っ直ぐに言った。

「ここで“感じること”は、現実だよ」

……そうか。さすがに鋭いな。
私は強くうなずいた。

そして もう一度 リョウに向かって話しかけた。

「なんでゲームの中のリョウはキャラが安定しないんだ?
 キャラを模索してるのか?
 それとも本当のリョウは拗らせてるのか?」

リョウが苦笑いしながら返事を――
するよりも先にマイが答えた。

「不器用なんじゃない?
 演じなきゃ喋れないほど普段から無口だし」

リョウの顔が凍りつく。
やはり鋭いな…
私は「なるほど」と、小さくうなづいた。
リョウは うなだれた。


③話 学校エリア:議論とメンタル




【TIME:46:52:18】

ゲーム内で21:00になるまでには
まだ時間がある。

私は一度顔を洗い、パンをつまみ、
再びコントローラーを手にした。

架空である精神の世界では
ゲームと同様、お腹が空いたり
眠くなったりしないようだが
気分転換をしたくなるのは
身に染みついた習慣なのだろう。

ゲームの世界は都合よく夜になっていた。

おそらくこれは最初の試練であろうことが
音楽や画面の空気から明らかに伝わってくる。

私たちは学校の門を開けて中に入ることにした。

ここまでに町の中で数回のバトルを終えたが
「敵の感情」の粒子はどれも曖昧だった。
表すならバグのような存在。

けれどここでは感情が整列し、
教室のように分類され、
均質化されているように感じる。

「……ここが“最適”の教育機関ってやつか」

正面にはドットで描かれてはいるが
近未来的な校舎がある。
自動ドアがひとりでに開き、
私たちを迎え入れる。

それは新ウイルスへの感染対策なのか、
人々がドアを開けることすら
億劫になってしまったのからなのか。
未来のことはまだ分からないが
便利さを追求して形に出来るほど、
この世界は潤っているのかもしれない。

校内を進むと廊下の壁には、
整然と貼られたポスターが並んでいた。



【他人を否定しないこと】
【自分の意見を押しつけないこと】
【空気を読むこと】
【正しさは、皆で決めるもの】



「耳触りのいい“理想の教え”ってやつか?」

私の呟きが皮肉のように聞こえたのか、
リョウがポツリと返す。

「これは、“闘争”を否定するための言葉だね。
 意見を戦わせることすら、許さない世界だ」

「それな……正しさがあるってことは、
 間違いもあるし、何よりも…」

言い終わらぬうちに、
天井スピーカーからノイズ混じりの声が響いた。

「生徒代表、シンジュ様。
 あなたの“心の最適化診断”を開始します」

眼前に、データ化された人影が現れる。

学生服姿の人形だった。
顔の輪郭も曖昧なその存在は、
まるで“過去の私”を模したようでもあったが
青年は私をスキャンしているようだ。

そして、見定めがついたのか
私に言葉をかけてきた。

「あなたの“感情値”に
 攻撃性の反応を確認しました。
 それは現社会にとって――不要な毒と判断しました」

「“攻撃性”って、自分の意見を言っただけだろ?」

「では、議論してみましょう」

人形の私が掲げたのは
「正論」という名の剣だった。

【BATTLE START】



▶︎ こうげき
▶︎ たいき
▶︎ スキル



「……さて、また始まったな」

私は迷わず「たいき」を選び、様子を見る。

【敵スキル:論破/精神への圧迫攻撃】

「“正しさ”を世界に示せば、争いは避けられる。
 不快にさせる意見は黙らせるべきです」

リョウが私に助言する。

「“たいき”中に、敵の言葉の矛盾を考えましょう」

「これは簡単だな。あの言葉は、ふさわしくない」

私は「スキル②:想いを言葉に変える」を選ぶ。



テキストウインドウが開く。

「たしかに、不快にさせる言葉、
 誰かを傷つけやすい言葉はあるよな。
 ただ"黙らせるべき"ってのは"正しい事"なのか?
 何も言わないでいさせるのは…
 それもまた、誰かの“痛み”を黙殺する
 ってことじゃないのか?」

【HIT!】
【敵の思考バリアにヒビが入った】



マイが静かに言う。

「戦ってるのは、“言葉の奥にある気持ち”だよ」

私は追撃する。

「自分の意見を押しつけないことって
 ポスターに書いてあったけど、
"自分を否定しないこと"ってのも書き加えないと
"大多数の正しさに黙って従え"って意味にしか
 ならないんじゃないかな?

 誰かが守ってきた想いは
 押しつけじゃなく、分かり合うための武器で
 確認しあえる正しさだったら
 俺だって心も開くけどさ」

私が言い終えると、考えこんでいた人形はよろめき、
剣が砕け落ちた。

【バトル勝利】
【AP +3/GP +2/HP全回復】



人形の私は消え、校内放送のノイズも切れ、
廊下の壁に貼られたポスターが
一枚ずつ、消えていく。

私は驚いてリョウに確認する。

「え?もう終わり?
 話し合いになる前に消えちゃったけど…」

リョウがぼそりと呟く。

「明らかなオーバーキルでしたね。
“議論する自由”って、思ってる以上に自由がなく、
 正論はかざすにも取り扱いが難しいって事ですかね」

私は消化不良のような気持ちになりながら
思いを呟いた。

「あの“人形”は昔の俺かと思ってたけど
 もしかしたら今も昔のままだったりするのかな
 って、消えていく姿を見てそう思わされたよ。
 戦わないってのは打たれ弱くもあるんだな」

マイが、ぽんと私の背中を軽く叩く。

「今のあなたが それに本当に気づけたなら
 次は さっき戦った人形も
 消えないかもしれないね」

私は小さくうなずいた。

「……よし。とりあえず次、行くか」



画面が切り替わる。
次のステージの選択画面が現れる。

――思った以上に
この世界は統制されているのかもしれないが、
72歳の私が私を保って存在するには
出来る限りの経験値をためる必要がありそうだ。

次に向かうべき場所は――

▶︎ 公園?
▶︎ 家?
▶︎ 駅?
▶︎ 商業施設?
▶︎ 工場?

ひとまず平和そうな公園で様子を見てみるか…


④話 公園エリア:本性との対話




【TIME:45:00:00】

「……ちょうど3時間か。かなりイイペースじゃない?」

私はリョウに話しかけたが、
多分キャラ作りを模索してるのだろう。
なんだか上の空で返事がない。

マイはクッキーを少しずつかじっていた。
多分お腹が空いてるのだろう。
自由にも程がある。

私はひとまずゲームに没頭することにした。

――選択後、ロード画面が切り替わり、
左上に“公園”と表示されている。

人工芝の広がる広場、
無人のスマートベンチ、
遠くで回っているドローンブランコ。

子供の姿はないが、デジタル制御された噴水が
一定間隔で吹き上がり、
その音が静けさを紛らわせている。

リョウとマイが少し遅れて表示される。
“同行者”でありながら
“観測者”である彼らには
私がゲームの最中であっても
やるべきことがあるのかもしれない。

「ここは、平穏な空間なのか?」

私は尋ねた。

マイが少し歩いて、地面に手をつける。

「たしかに“表面上”は平穏。
 でも、“感情の残響”は強いよ。
 何かあった後、って感じ」

私はベンチに座り、静かに息を吐いた。

「“闘ってる”わけでもないのに、
 なんだか……ザワザワするんだよな」

「それは“本能”の反応かもしれませんね」

リョウが静かに言った。
ゲーム内のキャラも補正されたようだ。

「人は、何でもない空間にも
 “過去の意味”を重ねてしまう。
 本能はその空気の歪みにも反応し
 ……そして時に、それは“闘い”になる」

――やっばり こじらせてんのかなぁ?

リョウの言葉は全くピンと来なかったが
リョウは心なしか誇らしげな表情だった。

いたたまれなくなった私は立ち上がり、
さも意味ありげに芝の中央に歩を進めた。

ふと、視界の端で誰かの気配がした。

子供のような影、いやもっと曖昧な何かが――
芝の上に“しゃがみ込んでいる”。

私は近づいた。
すると、それはゆっくりと振り向いた。

それは、獣のような姿をした少年だった。

「出来たら自分とはもう戦いたくないな…」
と私は思っていた。


――人とは戦いたくない、自分と戦うだけでいい――

私はずっとそうやって生きてきた。
だけどゲームのように俯瞰で見て
形にしてみると自分と戦うのもキツかったからだ。

少年の服はボロボロで、顔も汚れている。
けれど、目だけがやけに鮮やかで――
“私”を見透かしているようだった。

「君は誰なの?」

私は知りながらも話しかける。

「分かってるんでしょ?お前の“本性の一部”だよ」

そう言うと、彼は私を睨みつけた。

「思い出しなよ。内心ではびびっていても、
 お前はお前である為なら、
 誰とだって戦おうとしてたよな?

 逃げないために、正当化して
 嘘の自分にしがみついて、吠えさせられたのが
 僕だって分かるよな?
 ……僕を見捨てたりしねーよな?」

【BATTLE START】



▶︎ こうげき
▶︎ たいき
▶︎ スキル



「……あー、確かにめっちゃ日和ってたわ。
 思い出したよ。すまない。」

私は早々に学校のイベントで解除された
「スキル③:本音の一撃」を選択した。

【セリフ入力】
「確かに、俺はずっと“人とは戦わない生き方”を
 選んできたつもりだった。
 なんならそれを誇ってたから普通に忘れてたけど
 確かに俺は人とも戦ってたわ。

 気に入らなければ すぐにね。
 おかげで俺はすっかりこの通りだけど、
 君はなんで立ち塞がるんだい?」

【HIT!】
【敵に迷いが走った】

少年が、唸るように吠えた。

「今更なんだよ!すっきりした顔して。

 お前だけ着飾って
 僕だけ陰で汚れて生きてきて、
 それなのに 思い出したって簡単に謝って
 お前に誰かと戦う覚悟はあんのかよ?

 人を守る為って力を振るってたくせに
 それさえ僕のせいにしてきたくせにさ!」

【MISS!】

私は迷いなく「たいき」を選び、ゆっくりと答えた。

「本当に悪かったよ。ごめん。
 戦う前に気づかせてくれなかったら
 今だって自分は正しいと思い込んで
 君とも戦ってたんだと思う。

 俺の中に、"君がいた”ことは確かなのに
 正しいと思い込むことは
 自分(君)を黙らせてたってことだよな。

 本当にすまなかった。
 君の叫びのおかげで気づけたんだ。

 俺は絶対に君のことも受け入れていくし
 俺は自分で責任をとって戦っていくから
 これからも俺がびびったら
 力を貸してくれないか?」

少年の目から、涙が一粒だけこぼれた。

【BATTLE 終了】

【AP +2/GP +3】

【新スキル獲得:04「心を奮う」】
(強い意志と共に言葉を発することで、
 敵の支配効果を一定時間無効化)



戦闘後、公園の噴水が1度だけ竜のように
空高く舞い上がりシブキを散らせた。

私の胸の奥では、
確かに“何か”が変わっていた。

「俺の闘争本能のゲームなんて、
 運営もとんだ嘘つきだな。
 俺が築いてきた本性の綻びをみせて、
 繕っていかせるのが運営の目的で
 俺を戦わせて、気づかせてるんだろ?」

それを聞いたマイが静かに言う。

「あなたが拒絶してきた闘争も本能も、
 全てが敵というわけじゃなかったはずだよ。
 あなたが忘れてきたものを取り戻さなければ
 未来も過去も…」

リョウも小さくうなずく。

「この世界で強くなるってのは、
 攻撃力やスキルの数じゃない。
 どれだけ“自分や人を認めて向き合えるか”と
 今のシンジュさんは思っているようだ
 と記録しておきます」

私は少しの間、空を見上げる。

デジタル制御の雲が、
淡い光を帯びてゆっくりと流れていた。

【TIME:43:00:00】

「さて、次はどこだ……」

画面には再びMAP選択が表示される。

▶︎ 駅?
▶︎ 家?
▶︎ イオン?
▶︎ 工場?
▶︎ 宇宙空間?

私は“家”のカーソルに手を伸ばしかけ、
少しだけ躊躇った。

……行くには、まだ早い気がする

そして選んだのは――

▶︎ 駅。

「何かを通過してる気がする。
 自分自身が、まだ何かを見送ってるような」

画面が切り替わり、ロードが始まる。

なんとなく不安がまとわりつく気がした私は
また顔を洗って、リョウが準備をし始めたコーヒーを
飲むことにした。


⑤話 駅エリア:分岐




【TIME:42:30:00】

リョウ…なんであんなに牛乳たっぷり入れたんだ?
なんであんなにクッキー持ってんだ?
本当は癒し系なんかな?

…ありがたく頂いたし、そっとしとくか

ロードが終わると、
目の前に駅のホームが広がっていた。

ドットで描かれた無人改札と電子掲示板は
ただの景色として描かれていて
ガラス張りの天井からは
柔らかな白光が降り注いでいる。

「もっと未来的な感じを期待してたんだけど
 そんなに変わってはいないんだね。
 まぁ、時代の物理的な進歩って
 こんなもんだよね」

と私は呟きながら
そういえばリョウやマイは運営として
今までどんな世界を見てきたんだろう?
この世界をどう感じてるんだろう?

と考えていたが、尋ねようにも
何かを思いつきそうで思いつかない。

今は先を歩くリョウとマイを追うしかなかった。

【4番線ホーム】

リョウとマイが縦1列で
白線の内側に並んでいる。
降りるのも乗るのも1人ずつの
ルールに変わったのだろうか?

自動運転、自動制御であり、
入口と出口が別であれば
ホームが溢れることも、列が乱れることもなくなり
非常に合理的だと思いながら

私はこの時代の線路が気になり
少し前方に身を乗り出していた。

そのとき、不意に前方、奥の奥のホームに
立っている「何者か」が気になり目を細める。

――視力、落ちたなぁ

とショックを受けたが そもそもゲームの世界だ。

白髪まじりの老人が
やけに目立つ柄のついたアロハシャツを着て
うつむいているのが見えた。

「……あれは……?」

一歩踏み出そうとした瞬間、
アナウンスもなく、目の前を列車が通過した。

風圧に髪が乱れ、目を向けた時には
もう誰もいなかった。

「危なかった…これ、よく見るフラグなのに
 気づかないもんなんだなぁ…。
 でも気のせいか?あの後ろ姿は……」

私はゆっくりと息を吸い込み、息を止め
考えていた。心臓が騒がしく音を立てる。
間違いない。ただ、感情の整理が追いつかない。

なのに悲しみに近い感情が押し寄せる。

ホームには行き交う人影があり、
制服姿の学生、老夫婦、
スーツ姿の中年や小さな子どもがいる。

だけど、どの顔もはっきりしない。
ボヤけたドット絵では認識が出来ない。

それぞれが別の“目的地”に向かっていて
話しかければ知ることも
顔を認識することが出来るかもしれない。

私とは違う、別の選択がある、別の人の生。

だけど私は あの老人のことしか
頭に浮かべることが出来なかった。

言い換えれば目にした瞬間に想像も出来て
知りたいとさえ思っていたが

――今はそれでいい。次はどうする?――

遠くから、否、内から聞こえてくる声。
私はふと意識の中をさまよっていた。

――駅のホーム。
――「お父さん」と私が手を振る先にいる男性。
――それを見守る女性と男の子。

「シンジュさん!」
リョウが倒れている私に呼びかけている。

「俺は短い夢を見てたのか?」

誰にともなくつぶやくと、マイが静かに返した。

「それは夢じゃなくて、“記憶の影”だよ」

「記憶……?」

リョウが続ける。

「シンジュさんの心の深層には、
 誰かがいたようです。ゲームで見ていたところ
 シンジュさんのご両親とご兄弟とお見受けしました。
 シンジュさんが自身を精一杯表現して
 気をひいて、喜んでもらいたい
 という姿に見えましたが――」

そのとき、足元の床にうっすらと
光のラインが現れた。
MAP上の通路が分岐している。

左には「各駅停車」
右には「特急」

突然現れた選択肢に私は動揺したのか
どちらの方向にも足を踏み出せずにいた。

老人の幻を見せたのは この為なのか?
――何の為に?

どうにも正常な判断が出来ないでいた私が

「ゲームならどっちが正解なんだ?」

と、つぶやいた瞬間だった。

背後から子供の声が響いた。

「おじいちゃん――!」

振り返ると、声の主どころか
このホーム上には誰もいなかったが
その声は確かに私の名前を呼んでいた気がした。

理由は分からないが
私は今「おじいちゃん」ではない。
でも、いつかそう呼ばれる未来があるなら
幸せかもしれない。

「そうだ!それを確かめに来たんだった!」

私は、もう一度、分岐を確認して声をあげた。

「選ぶなら当然各駅停車だ!
 過程を見ない結果に糧はない。
 勝てはしない。
 全部見ながら降りる場所を決めよう!」

ドアの開いた列車が、音もなく私を待っていた。
私は、迷わずその車両に足を踏み入れた。

【AP +1/GP +1】

が、リョウとマイに不満もあった。

「あれ?ダジャレがスルーされてる。
 ハートが強くないと言えないんだけどな、
 うまいダジャレは特に…」

と ブツブツと漏らしていると画面が暗転し、
再びMAPが表示される。

――進むことでしか、望んだ過去も未来も得られない――

今私が合理的に選ばされている選択肢は
きっと「行きたい場所」ではなく
その為には「行かなくてはならない場所」

先延ばしにして置いてきた
過去からの課題なのだろうな…と
うっすら思う事にした。

考えこむと気づきを運営にバレるかもしれないしだな――

さて…

▶︎ 家?
▶︎ 商業施設?
▶︎ 工場?
▶︎ 宇宙空間?
▶?

▶?

▶?

▶?

けれど、次の目的地はもう、画面では選べなかった。

「……あれ?」

私は思わずリョウを振り返った。
すると彼は言った。

「ここから先は、“次の試練”が決めるようです」

その言葉を最後に、画面がフェードアウトしていく。

私は少し不安になった。

「一本道の物語はよほどの作品じゃないと…
 自信あんのかな?興味を持たせる自信が…
 ってか…ん?」

なんだかとんでもない事に
気づいてしまいそうな気がしたが
やはり考えるべきではないのだろう。

とりあえず次の場面まで目を休めるとするかな…
と、目をつぶることにした。


⑥話 工場エリア:想いで




【TIME:41:00:00】

――これは、夢だ。

そう気づいたのは、ひとりの少年が
トラックへの積荷を抱えて工場の中を駆ける姿を、
高い場所から見下ろしていたからだった。

大きくなった背中。汚れた作業着。
真っ黒な手のひら。

「ああ……あれ、俺だ」

隣の工場から違う鉄と油の匂いが漂い、
大きな機械音が脈打つように響いている。

おそらく24歳頃の私。
目の先には、父がいる。
怒鳴るでもなく、笑うでもなく、黙々と、
私よりも容易く、ひょいと荷物を抱えている。

音楽の道を志していた私が
バイトとして手伝い感覚で働いていたが
私は父の全てが誇らしかった。

「一緒に何かをすること」が、
父との会話の大半だったのかもしれない。

「誰よりも速く作業を終わらせてみせる」と、
意気込む私に 1つ1つを丁寧に
確実な作業することが本当の近道であることを
教えてくれたのは、今思えば
父だったのだと気づく。

そんな心から父に褒められた記憶は、
あまりなかったが、その1度を得るために
私は何度も何度も、1人で競争を繰り返した。

――自分の仕事は誰かの役に立つこと。
――誰かの代わりになること。
――間違いを起こさないこと。

それを“役割”だと思っていた。



【TIME:36:00:00】

「おはよう、ゲームが再開したよ」

柔らかく静かなマイの声で私は目を覚ました。

「ありがとう。5時間も寝ちゃったかー」
慣れてきたとはいえ、
これだけ精神力を要するゲームなら
この休息は必要だったのだと思うことにした。

リョウがたっぷりミルクのカフェラテを
私の目の前に差し出してたずねる。

「シンジュさん、お腹は空いてませんか?」

「リョウは人をダメにする素質があるね!
 リョウと過ごせる時間を心からありがたく思うけど
 ゲームを進めてみるよ。ありがとう!」

リョウは静かに照れている。
私はゲーム画面に集中を始める。

仮眠室のような薄暗い部屋から
ドットの私が動き出す。

「お前も寝てたんかい!」と独り言が出る。

部屋を出て、廊下に出る。
足元にある色の違うタイルに気づき踏むと
床が動き出し、私が画面内で自動で運ばれていく。

「これ、どこに向かうんだ?」

「私たちも知りません」とマイが答える。

小さな扉があり、目の前で緑のランプが点滅すると
扉が開かれ、中に入ると私を下ろし、
扉は自動で閉まった。

そこは工場だった。
ラインを流れる無数の部品と、運搬用ロボット。
人間の姿は見えない。

「…あぁー、これはもうアレだ。
 散々ゲームでやってきた絶対ヤバいやつだ…」

ビーッ ビーッ ビーッと3度警告音が鳴る。
赤いランプがクルクルと回っている。

私は身構えた。
「今回は肉弾戦かね?」

リョウは答える
「シンジュさんの経験がそう言うなら
きっとそうなんでしょうね…嫌だな…」

「へぇー。リョウは 今後、
 そうやって感情を出しててよ!
 シンジュって呼んでくれた方が仲間っぽいし!」
と言うと

マイが 定番のアノ言葉でさえ遮る。

「…来るよ!」

(キターーっと私は心が踊った)

奇妙な無人アンドロイドたちが
武器のようなアームを振りかざし、
襲いかかってきた。

【BATTLE START】

▶︎ こうげき
▶︎ スキル
▶︎ にげる


「こういう場合は物理攻撃だよね」

私は黙って拳を構え、連撃を仕掛ける。

【連戦開始】

■ 戦闘1:流れ作業型アンドロイドA
→拾った武器で関節破壊の撃破。AP+1

■ 戦闘2:安全管理型アンドロイドB
→ 攻撃パターンが単調。
回避しながら無傷で勝利。GP+1

■ 戦闘3:熟練量産型ボット×3
→ リョウとマイが分担して処理。
HP消耗をクッキーで回復。

■ 戦闘4:スキャナー装置
→ 高速スキャンと排除攻撃に苦戦。
マイをかばってリョウが負傷。
カフェラテで回復。

■ 戦闘5:システム連携型集団ユニット
→ バラバラに倒しても次々に再起動。



【戦闘継続中/TIME:34:56:12】

ゲームの恐ろしさを感じる。
通路が狭いし、エンカウントが早すぎる。
回復には困らないが
何度倒しても、何度も同じ敵が現れる。

自動化された攻撃。
ダメージはないがレベルの概念がない以上、
何も得られるものがなく
ただ、機械的な操作が続く。

「……これ、どうしたら終わるんだ?」

私は一瞬、リョウとマイの顔を見る。
彼らも、無言だった。

バトルの勝敗に意味があるのではなく、
この“繰り返しの中で感情をすり減らす構造”

それが本当の敵なのだと、
ようやく気づいた私は立ち止まり、
大きく息を吸い込み 言葉を吐いた。

「申し訳ない!悪かった!
 邪魔をする気はなかったし、
 最初に説明をするべきだったのに
 どうせ敵だろうって決めつけてた!」

もう一度息を吸う。

「考えることをやめて
 “役割”に合わせて戦っても、
 誰も喜ばない、褒められない。
 得るのは疲労や犠牲ばかりだ!」

もう一息。

「俺にはお前たちと戦う理由はないし、
 お前たちも本当は分かってるんだろ?
 誰かに、何かに従う理由があったとしても
 戦って壊れたいだなんて思わないよな?」

――人は心に従う
――従う心には理由がある
――機械にAIという心が備わっているなら

「伝わってくれ…
 この戦いは何も生み出さない…」

私は全身から力を抜き、小さく呟いた。

その言葉を待っていたかのように、
アンドロイド達は起動を止めた。

【BATTLE END】
【HP -30/GP +2/AP +1】



床が再び揺れ、構内の機械が一斉に静止する。
無音になった空間で、
私は機械の残骸を見下ろした。

かつて、ゲーム内のステージが
父と働いた工場ではなくて良かった。
その時間、その場所は決して塗り替えたくない
大切な思い出だ。

他人からみれば
“何も語らず、ただ黙って役割を果たす仕事”
であったとしても、それを誰かが必要とし
役に立っているのであれば、それは優劣なく尊い。

小言を言いながらも家事に専念し、
私たちを見守り育ててくれた母も、
同じ父と母を見て独立した弟も
それぞれの想いがあり、形にしていたからこそ
私には誇らしく映っていた。

そんな過去の記憶が強烈に戻ってくる。

「なんなんだこれは…」

そして私は怒りが込み上げていた。

このゲームは他人には踏み込まれたくない領域を
こんな幻のような空間で
この先もいくつも用意しているのかと思うと
今すぐにでも投げ出したくなった。

その瞬間、マイが小さく拍手をしてくれた。
不思議と一瞬で私は落ち着きを取り戻し
リョウとマイに声をかける。

「あ、、2人とも怪我は大丈夫?」

「ゲームの仕様上、死にもしないし、
 すぐに治るから安心してよ、シンジュ」
とリョウが足をひきづっている。

「とりあえずカフェラテ飲んどけ」

お互いから安堵の笑みがこぼれる。

「そうだよな」と私はマイの拍手の意味を
理解していた。

――避けて通りたくなかった道
――心に従った答え

たった今、私は自分の言葉と気持ちで、
この空間と一つの過去を終わらせたんだ。

RPG、ロールプレイングゲームとは
課題や役割を果たしながら成長を楽しむもので
それは人生と非常に似ている。

闘い続けられる限り、
有限である時間の中で
続く道の果てに迷いの答えを見つけていくのが
私にとっての希望、役割だ

って歌も作ったことがあったっけ。

「さっきのシンジュの思いは
 きっとあなたの家族が一番嬉しかった気持ちだよ」

急に感傷にふけりだした私を現実に戻すのは
いつもマイだ。

「そうかなぁ?俺は家族にとって
 本当に役に立っているのを
 ずっと不安だっただけなんだけどな」

と返事をする横で
リョウはなぜかニヤついている。

カフェインの摂りすぎでトリップしてんのか?
…ドリップ式かな?

私もリョウを見ながら ニヤついてやったが
私はゲームを通じて感じている事を
整理しながら考えていた。

"私の役割"の自らが決めていた
他者との関わり方、自分との向き合い方、
闘争が避けられない状況での対処…

思っても言わない方がいい時だってある。

まだ時間はあるのだから 決めつけずに
私はもっと経験値を上げていけばいいのだろう。
未熟でも間違える事があっても
それこそが分岐点を増やせる現実なのだから。

私は一度空を見上げ、2人を見ると話し始めた。

「用意された舞台はまだまだありそうだけど
 そろそろ、シンジュじいさんでも探し始めようかね」

2人は笑顔で深くうなづいた。

リョウがマップデバイスを起動し、次のルートを示す。

「ステージはあとわずかなようです。
 何か気になることや
 思い出したことはありますか?」

――選ぶか

私はもう1度だけ空を見つめながら
夢の中で見た父の姿を思い出していた。

無言でも有言でも 役割を果たしたなら
成果が気にもなるのは悪いことではない。

不甲斐なかったおかげで
今さら過去と闘うばかりだけど
きっと未来は変わってきてるはずだと思える。

「よし、どこに行けるんだ!?俺の物語が
 一本道になったんじゃなくて良かったよ!」

と答えると画面が暗転し、新たな選択肢が現れる。

▶︎ 商業施設?
▶︎ 家?
▶︎ ???

「んー。じゃ商業施設で!」

私は勢いよくボタンを押した。

画面がさらに暗転し、
新たなメッセージが現れる。

システムアップデートの為、
残り24時間からの再開となります。

しばしお待ちください――。

「えー。また?なんじゃそりゃ!」


【TIME:28:52:00】

「……一旦ゲームをやめましょう」

リョウが私に目配せをした。


⑦-1話 ロウソクの空間:合流




【TIME:28:52:00】

「……一旦ゲームをやめましょう」

「そうだな、再開まで約5時間もあるなら、
 お互いが好きに過ごすことにするか」

私もリョウにアイコンタクトで答えると
リョウはTV画面を消して無言のまま、
リビングのような部屋を後にする。
マイも何も言わずにその後に続いた。

1人になった私は部屋の中を見て回る事にした。
生理現象はなくてもトイレで座ってみたり
冷蔵庫を開けてお茶を飲んだり、
日常の真似事は精神が安らぐようだ。

さて、このドアは?と素知らぬ顔で
私は入っていく。

次の瞬間――。

視界がぼんやりと白く染まっていく。
空間がゆっくりと、静かに“揺らぎ”を帯びる。

「……よし、成功だな、リョウ」

どこからともなくロウソクの光がぽつぽつと灯る。
あの“光点の部屋”に辿り着くと
リョウは姿を現して私に答えた。

「ここは私達の空間なので他の管理者は
 この空間を見ることが出来ないのですが
 よく僕のサインによく気づきましたね」

「あのリョウが、コーヒーでも飲みましょうでもなく
 一旦やめようと提案する位だから
 話があるって事だよなって、そりゃ考えるよ」

と、私が答えるとマイが小さく笑った。

「すっかりチームになったね!」

「マイもね!」とグッジョブしながら、
私はリョウに尋ねた。

「で、他の運営に聞かれたくない話でも
 あるのかい?」

リョウは無言で頷き、
人差し指を軽く上げると 指に空気を吹きかける。

すると、ロウソクの灯りの向こうから
ふたりの影が現れた――ように見えたが

(久々に見たな、こじらせter リョウを…)

と思いながら 影を見つめていると
黒いジャケットの青年と、白い装いの少女が
リョウからの紹介を待っているようだった。

(フッ してる場合じゃないよ、リョウ…
(酔いしれてないで、まずは紹介してくれよ…

ソワソワしてる2人を見ながら
いたたまれない気持ちになった私が
マイにアイコンタクトをすると、
マイはうなずき

「……運営のサポートスタッフです」

と、リョウを睨みながら言った。

(あぁ…リョウが土色のいたたまれない顔になっている…)

マイが続ける
「まだ見習いですが、これから同行してくれます」

紹介をされて気をよくしたのか
黒髪、赤メッシュの青年が、
軽く片手をあげて元気よく挨拶をする。

「ユウキです」

なかなか新鮮な気分だ。
仲間が出来るのはこうもワクワクするのかー!
と笑う私に、

次はピンクメッシュの少女が軽くお辞儀をしながら

「リオです。補佐役として選択と行動に対する
 支援を行います。よろしくお願いします」

と挨拶をした。
リオの言葉は明瞭で、
マイに似た落ち着きを感じさせる。

「君たち、若そうなのに随分しっかりしてるな」

そう返す私に、ユウキはちょっとだけ
笑ってみせる。

「よく言われます。ま、現場主義なんで」

「ふふ、私も似たようなもんだよ。
 長年現場で育ったからね」

心地よい謎の闘争心、競争心が湧く。
他3人からの熱視線などとうに慣れたものだ。

私は続けて、リョウとマイにお辞儀した。

「リョウ、マイ。
 きっと2人の同行には運営の意図とは違う
 何かの事情があるんだろうなって思ってはいたけど
 本当にありがとう。
 “味方”が増えて、"仲間"が増えるって
 幸せな事だな!」

それを受けて、それぞれが一瞬だけ反応を見せたが
続きはゲーム部屋で話をすればいい。

肝心なのはリョウ達には
①先にこの2人を私に紹介しておきたかった
②運営側の人間ではあるが別の顔もあることを
 明確に伝えたかった
という事だ。

私は全員に伝えた。

「全員が主人公だから
 全員がコントローラーをもってるんだし
 ゲーム内では好きにしていいよ。
 俺は咎めたりしないし、興味もあるし
 俺だって力になれる事が見つかれば好きにする。
 残りの24時間の生き方は
 自分だけではなく誰かと生きていることを
 もっと実感して分かり合う為に使いたいからさ」

そして補足した。

「この空間の事は運営には秘密なんだろ?
 そしたら俺は急いで先に部屋に戻って
 知らないフリの芝居をするから、
 芝居を見ても絶対に笑うなよ、ユウキ!」

「え?」

「笑うなよ?じゃまた後でな!」

「…はーい!」

ユウキが「解せぬ!」という顔で
返事をするのを確認すると
私は闇を抜け、部屋に戻った。

で、また仮眠することにした――


⑦-2話 ロウソクの空間:密談




「うぉぉー、ビックリしたー!
 親父は昔から勘が良すぎなんだよ!」

ユウキがダラダラと汗をかきながら
焦っていると、リオが口を挟む。

「ユウくんは知ってるならもっとうまくやってよ!
 本当にバレちゃうよ?
(ってか人前だと急に親父呼びとかダサいからね!」

ユウキは「確かに!」という顔をした後、
冷静にリョウに話しかける。

「明るく楽しいカフェのバイトのはずが、
 なんでこんな展開なのかはこの際置いておくけど
 実際のとこ、リョウやマイにも
 事情があるって事なのか?
 そして俺たちにも…って事なのか?」

リョウの返事にリオも耳を傾けようとする。
リョウは少しうつむき、顔をあげ
覚悟を決めて話をするのを
やっぱりマイが遮った。

「シンジュさんの存在が揺らげばあなたたちも
 そして私たちも消えてしまうの。」

「…えっ?」

突然の言葉にユウキとリオは声をあげる。

リョウは少しうつむき、顔をあげ
ワンテンポ早めに話し始めた。

「君たちにも全ては話せないけど
 マイの言う通りなんだ。
 沢山の世界があって、個々の繋がりで
 その世界は分裂や合体をしていくのは
 なんとなく分かるだろ?」

この手の話が苦手なリオが激しく動揺する。
「ユウくん、分かった?」

正解を確信できないと答えを言えないユウキは
返事に詰まった。

「リョウ、つまりどういうことだってばよ?」

リョウが優しく笑って答える。

「そんなに難しく考えなくていいよ。
 2人のパパさん、つまりシンジュは
 過去も未来も現在も曖昧になってきて
 自分を見失ってる。

 この世界の運営を任されてる僕らが
 1番頼りになる2人に助けを
 求めるのは必然のことだったんだよ」

ユウキが一言つぶやく。

「親父、、ボケたんか…知ってたけど」

「今から入れる保険が私たちだったって事でOK?」

リオのボケにマイがクスッと笑い、会話に加わる。

「リオは本当、頼りになるね。ユウキくんも。
 今2人が仲間に加われば 多分未来は救われる。
 シンジュさんはそんなに弱くないから」

リオが怪訝な顔でリョウにこっそりと言う。
「あのチョコチップクッキーに
 こんな効果があるなんて怖すぎ!
 やっぱり私は自分で買ったグミしか食べない!」

リョウが申し訳なさそうな顔でいう。

「18歳の僕が本当にごめんね!
 今の僕ではないとは言え、えーっと、ほんとごめん!」

ユウキは ん?という顔をしている。
盛られた事にいまだに気づいてないからだ。

ユウキが口を開く。

「よくわかんねーけど、リョウとマイも、
 俺とリオも親父の暴走で消えちゃ困るし、
 俺たちは俺たちで自分の課題を見つけて
 解決すればいいって事だよな?
 親父はあの通り、自己解決に
 喜びを感じるタイプだし
 "好きにやれ"ってのも多分嘘じゃなくて
 俺たちが"好きにやれてたら安心出来る"
 って意味だよな、リオ?」

リオは誇らしげに答える。

「親父はそういうやつだ!」

ユウキは吹き出して言う。

「うん、パパはそんなやつだよな!」

リョウとマイは顔を見合わせて笑うと
ユウキとリオに言った。

「私たち本当は24歳なんだけど 気にせず接してね♪」
「僕は時々人格が変わるけど気にせずよろしくな!」

ユウキとリオも顔を見合わせ
(2人を先輩として扱おう)
と、息を揃えて言った。

「さて、ゲームの世界にいきましょうか!」
「ゲーム内ではばっちり俺たちを紹介してくださいね!」

4人は爆音でいびきをかくシンジュを冷静に起こし
芝居をしながら次のステージを待った。


⑧話 商業施設:空虚を埋める欲




【システムアップデート完了】

【TIME:24:00:00】

起動した画面の中で
リョウがマップデバイスを確認しながら言った。

「次は、“欲望と空虚”をテーマにしたステージです。
 場所は――商業施設エリア。
 ここからだと距離があるので
 まずは1番近い転移場所に向かいましょう。」

「おお、それっぽい響きだな。
 欲望と空虚って……
 矛盾してるっぽい空気感だけど、
 ユウキはどう思う?」

「まぁ、思いつくのはよくある
 戦いものの展開じゃない?」

「だよな。やっと本気を出せる相手に
 出会えたようだなっ!って言うボス。」

「中ボスにありがちの負けフラグだね。
 ひるんでる主人公に本気出してボロクソにしといて、
 つまらん!とか言いながら毎度負けるんだから」

「空虚というより根拠が足りないんだよ。
 まさに空っぽで理由が生まれつき強いとか
 3流のラスボス候補は強い理由が弱い!」

「それな!」

意気投合してる私とユウキを
リオは呆れたように見ていたが
何かを閃き、話に加わってきた。

「ねぇ、シンジュさん。
ゲームの中で買い物とかしてみた?」

「んー。確かに買い物も試してみたいな。
さすがは進行補佐!
買えたらなんか買ってあげるよ!」

「やったー」

リオはあっさり機嫌が直ったフリをする。
リョウとマイを見ていれば分かる。
きっと本気で挑まないといけない場所なんだ――と。



【TIME:23:42:00】
【LOCATION:AI制御型ショッピングドーム「IYONMALL」】

私たちが転送された先は、
まるで巨大な宇宙船の内部のような
未来的な商業施設だった。

「なんだここ……ビルが縦にも横にも回転してる」

「うわ、あの店、動いてる……!」

最先端。AI主体で事が進むとこうも
進化するものなのだろうか?

ユウキとリオは驚くことも禁止されている。
ルールを守ることを守らされるという事だが
若者には刺激が強すぎるのだろう。

2人が目を細めて歩く姿を
妙だと感じながら私たちは歩みを進めた。

モールそのものが意思を持つかのように動き、
店舗が“顧客の欲望”に応じて形を変えていく。
店頭のスクリーンが瞬時に反応し、
視線を向けた瞬間に“おすすめ商品”が表示される。

「……欲望を最適化する商業システム。
気を抜くと欲しかった物ではなく、
“欲しがるべき物”を買わされる」

マイの言葉に、私はうなずいた。

「つまり、“選んだ”ようで
“選ばされてる”ってことか……」



【SYSTEM MESSAGE】
▶︎ このエリアでは「AP(アタックポイント)」の代わりに「WP(ウィッシュポイント)」を使用します。
▶︎ WPが0になると、人格が「購買欲」に乗っ取られます。



「おいおい、勉強してきたものと違うぞ?
リョウ、どうしたらいいんだ……?」

ユウキが眉をひそめる。

「これが“戦闘”じゃなく、
“誘惑”との戦いってことなら…
…迷わず私を…私を今すぐに捨てていってください!」

リオがスマートウォッチ型の端末のWPを
確認しながら言った。

「俺のWPも、もう40くらい減ってるんだが」
ユウキも告白する。

「“物欲への関心”で上下してるみたいですね」

そう冷たく言い放つリョウは無関心を装っていたが
数値を隠している様が私にはツボで笑えた。

私は、というと
どうやら物欲を現世に捨ててきたように
ピクリとも反応しない。

「なるほど。つまり“本当に欲しい物”じゃないのに、
 興味を示すだけで消費されるのは怖いな」

と言うと、同じく余裕があるのか
「欲望の無駄遣いで満たされて心が“空虚”になるのよ」
マイが鋭く言い放つ。



歩き続けるうちに、私たちはバトルエリアに突入した。

【ENEMY DETECTED】
《空虚の販売員》×3
―「ガチャガチャありますよ」―

敵は人型だが、顔が画面になっていて
次々と広告が切り替わっている。

「広告が攻撃してくる!?」
「心を乱されるな!“選ばされるな!”」



\BATTLE START/

「シンジュは “スキル:心を奮う” を発動した!」
→ 〔効果:WPが減少しても“本当の願い”が守られている限り、誘惑に負けない〕

「ユウキの “こうげき”!」
→ 購買員Aにヒット!攻撃の反動でWPが減少する。

「リオの “スキル:見極める” 発動」
→ 敵の提示する“偽りの欲望”をキャンセル!

「マイが “たいき” して様子を見る」

「リョウが “スキル:情報遮断(シャットアウト)”!」
→ 敵の広告画面を一時停止!全員のWP回復!



しかし、戦いが終わっても、一歩進めば
空虚の販売員たちはどこまでも訴えかけてくる。

「これを飲めば、君は“幸せになれる”。」
「この服を着れば、“すぐに有名人”さ!」
「この枕で寝たら“若返るよ”」

――キリがない

今は買い物の必要がない事や
興味が持てないのが分からないのであれば
私にはこれ以上の無駄な時間はないのだ。

だが価値を教えてくれる気持ちをムゲにはしたくない。

この気持ちが
ある種"欲望と空虚"なのかもしれないが
私は大きく息を吸うと
想いを言葉にして吐き出した。

「……全然違うよ」

私は心底ヘキエキとしていた。

「頼んでなくても守ってくれてた親のように、
 親身になってくれるのは心からありがたい。
 ただ意思の確認もなく押し付けられても困る。
 …それは分かるかい?」

再び息を吸う。

「“他者が欲しいもの”ってのは、そんなに簡単に、
 無条件に誰もが与えられるもんじゃない。
 与えること、もらうことは 難しいんだ。」

すると、敵のひとりが一瞬たじろいだ。
売場の責任者だろうか?

「では、素直に伺いたいです。あなたにとって、
 “欲しいもの”は何ですか?」

販売員の電子声が静かに問いかけてくる。

あくまで正解、正しくあろうとする
AIらしい思考に 少しだけ驚いたが
私は こうげきを続けた。

「私が欲しいのは
 "自分の関わる未来と記憶"だよ。
 ここにもそれを探しにきた。
 多分俺には家族がいたんだと思うから」

仲間たちは私に不意を突かれた動揺を抑えながら
私の語りを見守っていた。

「ここからはあくまで俺の考えだけど」

私は一つ前置きをして思いの丈をぶちまける。

「与えられるだけの存在になれば
 ありがたみは薄れてしまう。
 ありがたみや考えることを忘れてしまったら
 与える側の尊さやありがたさなんて
 ないに等しくなってしまう」

従業員に お客様との寄り添い方を教えるのが…そう。
それが私の仕事だった。

会社から任された時間内に成果を出すために
教えていくこと。それを自分の役割としていたことを
私は思い出していた。

私は話を続けた。

「もし、過半数以上の満足を正しさと定義したとして
 その正しさの結果は十分なものなのに、
 頂く意見は反して不満で溢れていたとしたなら
 君たちはどこを切り取って正しいとするのだろう?」

販売員の体からジジジ…と音がする。
記録の整理なのか、言語の処理なのかは
分からなかったが
返事がないので、私は続けた。
この感情に答えを出そう。

「世界には
 自分の能力をいかんなく発揮して生きる事が
 正しいと声をあげる人がいる。
 苦痛を伴うが幸福を得られると説く人がいる。
 だけどそんな苦痛なんて味わいたくない人もいる。

 俗にいう成功が正解なのか?という問答だけど
 結局のところ
 自分にとっての正しさを決めるのは自分だろう?

 押し付けられてきた人や押し付ける人は
 きっと相手や自分を疑いもしなくなる。
 正しさを自分で持てなくなるってことだ」

私の声は興奮で枯れていた。
話しながら思考を整理している分、
無駄な部分もあっただろうが

目の前にいるのが 存在未確認の神ではなく
人工知能(Artificial Intelligence)であるのなら
私の思考の細部まで把握させたかったのだ。

これは対話でありモノローグ(1人語り)では
ないのだから。

とはいえ、今のところ返事もないので
私は尋ねた。

「なぁ。人以上に円滑に、思考を整理した言語で
 それを固有の声で話す君たちだけど
 君には物欲や空虚はあるのかい?」

すると販売員の目が輝き
スラスラと謝罪の言葉を並べる。

「まことに申し訳ございません。
 まだ経験不足な為、
 プログラミングされておりません。」

私も販売員に謝罪の気持ちで頭を下げ、伝える。

「そうだよね。
 君は優秀だから俺の言いたい事なんて
 分かってたよね。
 申し訳ないけど、君の管理者を呼んでもらえないか?
 私の名前はシンジュだ。
 ちなみに君に型式以外の名前はあるのかい?」

「承知しました。名前はまだありません。
 まだ人の容姿とは違いますので」

と答えると、メッセージウインドウには
【シンジュさんからのオーダー、転送完了しました】
と即座に表示された。

と、そこでユウキが自分のターンとばかりに
口を出してきた。

「最近読み方を覚えた名前なんだけど
 饗庭(アイバ)、、アイバー とかどう?
 少なくとも俺はそう呼ぶけど!」

アイバーは嬉しそうな声で答える。

「思春期の心は一生どこかに閉まってあるものですが
 その名前、私にはとても響きました。
 これからはアイバーと声をかけてください!」

ユウキは釈然としない顔を浮かべたが
「うん、また来るよ!アイバーに会いに、お忍びで!」

と伝えると

「心よりお待ちしております!」という
返事を最後に
再びアイバーから ジジジ…ガガガガ…
と内部音が聞こえ、静かに熱と音を落とした。

役目が終われば、用が済めば
消されてしまうのだろうか?

――やりきれない、わりきれない――

私たちはその場に座り込んだ。
多分ここまでがこのステージの意味なのだろう。

気持ちを伝え切ったところで
届いたところで報われないことはある。

個人的な欲望や事情に
他者が興味を持てないのは当たり前のこと。
受け入れることで失うことだってあるからだ。

でも…
伝え合わなければ、尋ねなければ波が立つことはなく
平和なのか?争いは止まるのか?

――私は黙るしかなかった

この闘争心が特化したゲームの中でも
私は闘うほどに虚しく、祈りや願い、
頼りをあてにしたくなる場面は増えた気がする。

落ち込んだ私を見かねたのか
リオが静寂をやぶる。

「ねぇ、シンジュさん。
 私はさっき確かに聞いたんだけど
 シンジュさんの願いは何なのか、
 もう一度 口にしてくれない?」

私は振り返る。

――私が欲しいのは
"自分の関わる未来と記憶"だよ。
ここにもそれを探しにきた。
多分俺には家族がいたんだと思う――

熱くなった私がアイバーに
振り絞った言葉だ。
対話の中で私は想いを固め、
少しずつ記憶を取り戻しつつあった。

点は繋がった のだ。
AIのように解析と試行を繰り返しながら
私自身の本来の"現在"が見えてきたのだと思う。

「…で、シンジュには家族がいたのか?
 どんな仕事をしてたんだ?」

ユウキは無表情で尋ねる。

「正直分からない。本当に家族がいたのかも、
どんな職業で働いていたのかも
どれひとつとして、記憶に確信がない」

「あっ、そうなん?」

ユウキは笑いながら私の顔を見つめながら言う。

「じゃあ、こんなのどうよ?
 よし、リオ、やれ!」

「了解!」と元気よく答えると
リオが勢いよく 地面にあるボタンを押した。

「……えぇーーーっ?」

私は激しく驚いた。
リョウとマイは微笑んでいる。

ドームの天井、壁一面に知らない町の映像、
そして私の目の前に タッチパネルウインドウが現れた。

「プロジェクションマッピング??
なにこれ、未来やばっ!
これをリョウとマイが作ったの?やばっ!」

おそらく、ロウソクの空間で彼らは
この計画を立てていたのだろう、
と私は推測していた。

――実際は談話しかなかったことを知る由もない――

「いいから目の前のパネルを見てよ!」
リオが急かす。

「さくっと正面のパネルで答えてくれ。
 せっかくなら声に出してくれ。
 シンジュ、返事は?」

「はい!」

ユウキとリオに気圧され、言われるがままに
私は画面をみながら読み上げる。

――【未来計画書】――

目的…未来を確認し、構築しながら
現在を取り戻すこと

現状…記憶をなくしたまま未来と戦うのは危険だと
運営補佐「ユウキ、リオ」が判断しました。

「うん、たしかに!」

「その返事は聞いてない!」

ユウキは私に厳しく返すと、ソワソワしている。
きっと自分で作ったものを細かく見られるのは
恥ずかしいのだろう。私もよく分かる。

【提案①】
忘れている記憶はゲーム内で設定を決めて

記憶を補完したらどうだろう?

私は答える。
「いいと思う!」

ゲームの中で設定が不足しているなら
勝手に当てはめるのは実に面白い。

「次!次!」リオとユウキの声が重なる。
なぜか遅れて
リョウとマイも「次!次!」と言っている。

お前らの好き勝手、すげーな!と思いながら
私は次に進めた。
むしろ自動で次のページに進んだ。

【提案②】
記憶の喪失がある家族に
息子を"ユウキ"、娘を"リオ"として当てはめる
ってのはどうよ?

私は考える間もなく答える。

「うん、それでいこう!
 きっと子供がいたらこんな感じだ!
 本気で想うからよろしくな!」

多分考えてしまったらダメなんだと
直感が示した返事だった。

ユウキとリオは顔を見つめ合い
「えーっ。こいつが兄妹?」と笑いあう。

そういえば 不思議と最初から
この2人は兄妹のように感じていたが、違うのか?

ひとまず 私のことは否定しないようなので
ちょっぴり安心し、2人のジャレ合いも無視して

「きっと愛し合う妻もいたに違いない!」
と思い込み、次を読み進めた。

【提案③】
仕事はカフェのエリアマネージャー。
リョウとマイはそこで働く従業員。
それでよくない?

「おいっ!」私が叫ぶと
リオと特にユウキがビクッとする。

「雑!すっごい急に雑!
 こういうのは終盤になるほど丁寧に心を添えて!」

「はい、パパ!」
2人は笑いながらハキハキと返事する。

むむ…なんだか誤魔化されているような
妙な敗北感を覚えながら
私はリョウとマイに向かって問いかけをする。

「これ、先輩として確認したのか?
 ありのままじゃなくて
 今更こんな設定変更ってしてもいいのか?」

リョウがいつもの柔らかい表情を浮かべ答える。

「この世界の運営はあくまで私たちです。
 他の運営者による監視や妨害はありますが
 シンジュさんの記憶を一時的に補完する為であれば
 あくまでシンジュさんの可能性である未来において
 何も問題がないと私たちは判断してます」

マイが柔らかい表情で続ける。

「私も多少キャラ変してもいいですか?
 このキャラ、疲れるので…」

――おいおい、パーティーから合理的で
淡白なキャラがいなくなってしまうじゃないか…
むしろ色々割愛してたじゃないか――

と瞬時に思ったが、
マイらしさがあるのなら非常に見てみたい。
多分リョウの安定感のなさは本来の姿だし
安定感のある進行は今後も期待ができる――

「好きにしていいよ!」とマイに伝えると
ニッコニコだった。
表情筋の崩壊を感じるほどの明るい笑顔だった。

気づくと天井や壁のプロジェクションマッピングが
四季を変えながら町を映し出していた。
川沿いの桜が揺れている。

「あぁ、俺はこの町に住んでいたことにしよう」
「働いてた町はさっきまで戦っていた、
 川の向こうに見える町かな」

私がそうつぶやくと、全員の顔が引き締まった気がした。



\BATTLE CLEAR/
【報酬:WP最大値+20/スキル「願いの架け橋」習得】



【TIME:12:00:00】

私たちは拠点のリビングで話をしていた。

「さーて…一休みしたら、そろそろ
 シンジュじいさんでも探すかね!」

私は気合いが漲り、声をあげる。

「せっかくなら山か海でバーベキューでもしちゃう?
 ゲーム時間ならすぐ終わるし、ミッションは
 "見つけるまで"だから、まだまだ余裕あるよね?」

ユウキの計画性や根拠のなさと
強引な誘導力に 悩んでいると
リオとマイが元気よく手を上げている。

――こいつら、絶対ユウキを止める気のない発言をする

と思った瞬間、リョウが立ち上がった。

おぉ?
私はリョウを見上げて様子を見ることにした。

――ここは大一番だぞ?
お前が何を言うのか、どんな行動をするのか…
皆がお前を見てんだぞ?
この重圧の中で、リョウ、お前はやれんのか?

リョウは座り直した。

――クソかっ!お前はその程度か?
お前の進行力はそんなもんなのか?

リョウは意を決したかのように再び立ち上がった。
私たちは 再び固唾を飲みながら、リョウを見つめた。

すると謎のSEが画面から流れ
【リョウはブルっている HP-3】と表示された。

私とユウキは爆笑した。

――時間の無駄!
――立ち上がった意味!
――画面を小道具にした丁寧な仕掛け!

気づけばスタンディングオベーションで
喝采する私とユウキと照れるリョウを
冷めた目で見つめるリオとマイ。

マイは怒気を含ませた声で
「海に行きましょう」と一言告げると
コントローラーで転移ボタンを押していた。

――男女ってやっぱ感性が違うよね

と立ち組は うつむきながら
ボソボソとやりとりをした。


⑨話 浜辺でBBQ:ひとときの安らぎ




【TIME:11:48:21】

――ここには、風が吹いていた。
緩やかな波が足元を洗い、デジタルで構成された空も、
今日ばかりはやけに優しかった。

"おじいさんを探しながらBBQ"

なんともユウキの突飛なアイデアだったが

――制限時間の1/4をゆっくり遊びながら自分を探す

と考えたら、残り12時間は豊かに思える。
思えるといえば、今私たちがいるのは
海の浜辺ではなく、大きな湖の浜辺だった。

ゲーム画面上では海のように見えるから
ヨシとするのも ゆとりがあって趣きがあると思えた。

私は焼けた肉を口に運びながら、
少し離れたところで砂をいじっている
ユウキとリオを眺めていた。

「なあ……今更だけど、これゲームだって
 忘れるくらい良くできてるな」

リョウが言う。
「それ、前にも言ってましたよ」

マイが言う。
「シンジュさん、三回目です」

「きっと現実と変わらない大事な時間なんだよ」

と答えながら思わず笑いがこぼれた。

もちろん胸の奥にはどこか言い表せない
不安で満ちていた。
楽しい。だけど、この“楽しさ”の先には
ゴールが待っているのは間違いがないのだから。

そのときだった。

「……あれ」

私は視線をユウキとリオの先の水辺に向けた。

こちらに一人の老人が向かって近づいてくる。
背はやや曲がり、アロハシャツをまとっている。

――間違いない

彼こそが、72歳の私。
未来の、シンジュだった。

「……来たね」

私たちは立ち上がり、
ゆっくりと歩み出した。



「……よう」

向かい合った彼は、まるで昔から
知っている友人のように、柔らかく笑った。

私は、深く息を吸い、問いをぶつける。

「俺たちは……俺なんですか?」

「そうだよ。俺はお前の24年後の未来の姿。
 お前が沢山戦った“今”が、
 俺にずっと影響してるんだろうな。

 かわいくて気弱なおじいさんを演じてきたのに
 心が奮い立って仕方がないから
 リョウさんの誘いに応じて
 こうしてお前の目の前に立ってるわけだ」

「……変わってねぇーな。
 って思えるのは俺が戦ってきたからか。」

「変わってないように見えるのは、
 変わらないものを、今も守りたがってる証拠だろうな」

私はうなずいた。
そして、口を開いた。

「俺は、未来の“おじいちゃん”に会いに来た。
 時間の限り、"昔なら避けてきた闘い”をしてきた。
 誰かと、本性と、過去と、欲望と……
 そして、いつも通り自分と」

「知ってるよ。ぜんぶ、見てた」

おじいちゃんは静かに言った。
私は驚きながら 言葉を交わす。

「…え?見てたんすか?」

「うん、別室で」

「…え?あの家みたいなとこで?」

「リョウさんがカフェラテなら淹れてくれたよ」

――え?どういうこと?

私は軽く混乱しながら リョウを見たが
リョウが描く絵を信じる他にないのだろう。

そう思えば緊張が解けた気がする。

「そっか…じゃあとりあえず肉でも食べながら
積もる話でもしましょうか?」

「嵐の前の静けさだな…」

「やっぱ、嵐、あるんすか?」

「そりゃ王道なら……」

おじいちゃんの姿のシンジュもこの状況を
楽しんでいるように見えた。



「…へぇー、そうなんだー!」
「…ほぉー、そりゃすごいな!」



「なんか俺たち、影薄くない?」

ユウキがふて腐れるのも無理はなかった。

私たち、シンジュ's の会話は
積もる話に満ちていて全く止まる事がなかった。

「もう少しくらい、いいんじゃない?」
と答えるリオはマイと盛り上がっていた。



【TIME:3:00:00】

「さて、そろそろですかね」

リョウが立ち上がった。

おじいちゃんと私も立ち上がった。

むしろ ふて寝しているユウキ以外は
心の準備を済ませていた。

これから未来を終わらせる為の会話が始まるのだから。


おじいちゃんは深いシワを寄せながら
私に尋ねた。

「未来までの確認は済んだだろ?
 このまま戻ることも出来ると
 リョウくんは言っていたよ。」

私がリョウを見ると 首を縦に振っていた。

「だけど…」と私が言いかけると
おじいちゃんはさらにシワを深くして告げた。

「もしも個々が“闘争心”を。
 確かにお前が正しく使おうとしていたら
 こんな未来にならなかったのかもしれんな。
 今こそ得たその人格を持って、
 この未来の一部だけでも、
 俺だけでも救おうって思ってるんだろ?
 だけどな――」

その声が、少しだけ震えた。

「俺だって十分“闘って”きたつもりだった。
 けど、気づいたら、誰とも闘ってなかったんだよ」

私たちはただうなずき
耳を傾けることしかできなかった。

「最適化された社会は、便利で、整っていて、
 争いは起こらなくなっていった。
 違いを受け入れる余白がなかったとしても、
 抗う余地もなかった」

おじいちゃんは、ゆっくりと拳を握った。

「感情も、文化も、ズレも、“非効率”だと
 表面には見えない多数決で削ぎ落とされながら、
 確実に自由が奪われていくのを見ながら
 俺は……俺を押し殺して なんとか生き延びた」

私は私の目を見ながら言葉を挟む。

「……それでも、ここまで来たんだろ?」

リョウも拳を握りながら
おじいちゃんを強く見つめていた。

おじいちゃんはおもむろにうつむき
しばし静止したかと思えば肩を振るわせている。

――様子がおかしい。

とっさにリオとマイが身構える。

「いや、来たのはお前達の方だ」

明らかに異質な声が聞こえる。

「親父!?」

ユウキがおじいちゃんに向かって強く叫ぶ。

リョウはゆっくりと構えをとる。
私もなんとなく分かっていた。

これが未来の、最後の戦いになるのだろう。
ラストバトルは突然に――

おじいちゃんから
大地を震わすような、地鳴りのような
声が発せられる。

「ならば――この闇とも、戦ってみろ」

次の瞬間、未来の私の身体は光に包まれ、
突如背後に現れた黒い輪が彼を引きずり込んでいく。
その禍々しい輪は、
AIの構成データそのもののようだった。

「皆で無事に戻ったら
焼きマシュマロやるよな!」

「当然だ!」

最初の掛け声の主がユウキだったのが
少し悔しかったが、

その案、採用!
私は チョコがけ が好きだ!!

と思うと すくみかけた脚が躍動する。
私たちが一斉に黒い輪の中へと飛び込むと
粒子のような光が爆ぜる。


転移した先は王道ステージで
私たちと対峙しているのは
もう“先ほどのおじいちゃん”ではなかった。

彼の意識を飲み込んだAIが、
おじいちゃんの姿をしたまま、
宇宙の世界の上に立っていた。



【TIME:2:22:22】
【LAST STAGE:宇宙空間/AIの管理領域へ移行します】

リョウが私にそっと呟いた。

「…確かめておきます。
 自身と闘うように仕組んだのは僕ですが、
 これで良かったんですよね?」

私はキメ顔で答える。
言葉はいらない。

「分かり合えるといいね」とマイがつぶやく。

私は変顔で答える。
マイは笑っている。

――そう、何よりも戦って
 分かり合わなければいけないのは自分なんだ。

私は、ふいにリオとユウキを見た。
彼らの目に、微かに涙がにじんでいた。

理由は分からないが
泣かせちゃいけないよな――と思った私は
2人に向かって叫ぶ。

「大丈夫、俺もあの俺もめっちゃ頼りになるから!」

リオとユウキは顔を見合わせると
私の好きな言葉で励ました。

「パパ、がんばって!皆で頑張ろう!」

そう、俺は誰にも。
頼りないだなんて思わせない。


⸻次回最終話に続く

最終話 『運命という舞台』




【TIME:2:22:22】
【LAST STAGE:宇宙空間/AIの管理領域】

宇宙とは私が知る限り、一番無限と思える世界。
憧れや願いが詰まった空間だった。

数多くのゲームで今まで
何度も戦ってきた舞台なのに
どんなゲームよりも現実的に感じていた。

もっとファンタジーで良かった。

感情を失ったこの世界にふさわしい“静寂の劇場”は、
私たちによって予定調和ではなくなった。

望まれずに飛び込んで
沢山傷ついて傷つけて、感情を撒き散らして
決して空虚ではなかった。

見渡せば、星のきらめき。
見下ろせば、記録を詰め込んだ記憶の大地がある。

…ここで鳴るのかよ、私の曲がっ!

若さ故に憧れ、作ったあの曲が
空間に鳴り響く。

「はじまるぞ!」

私は動揺を掻き消すように大きく息を吸い込み叫んだ。
息ができる事のありがたさを
宇宙の常識が教えてくれる。

目の前、中央には 未来の私が立っている。
ゲームならではの演出でサイズも大きかったが
明らかな圧がある、まるで別人だ。

――AIと融合し、全身がデータの残像で
色濃く縁取られている。

戦いを望んだわけではなかったが
戦わないわけにはいかなかった。
無力さを感じて嘆く自分を見たのだから。

言葉にできない悔しさと、
拒絶したくなる虚しさが同時に胸を突く。

「来たか。“私”よ」

その声はおじいちゃんのものだった。
けれど抑揚が削ぎ落とされ、
命の熱が宿っていなかった。

「闘争心を最適化されたお前は、
 あの頃の私が辿り着けなかった場所にいる。
 お前が最も捨てたかった衝動を
 得た気分はどうだ?」

私は静かに息を吸い、肩の力を抜いた。

「確かに――向き合って戦わなければ
 ここまで来れなかったのは認めてるよ」

「そうだな。だが、今のこの世界に
 “衝動”は不要だと分かったんじゃないか?」

おじいちゃんの言葉、
というよりもデータの波が広がっていく。

その波は「個性」や「本能」といった
言葉を呑み込もうと、冷たく輝いた。

「合理的であることが、最も正しい。
 正しくないものへの憎悪を消す為に
 人は正しさを望み、痛みのない未来、
 争いのない世界、間違いの起きない人生を与える。
 これが我らが出した結論だ」

「今更言いたいことがそれだけなのか?」

と私は用意していた言葉を吐き出した。

――私は闘いを通じて
 一つの境地に立っていたのかもしれない

ジジジ…と音をたてるジイジュ(ユウキ命名)に
私は一気に最速で畳み込もうとしていた。

「今、最適解を出そうとしただろ?
 それってお前が捨てさせようとしてる
 "衝動"や"闘争本能"と何が違うんだ?

 最初に言ったよな。
 ――それがなければここまで来れなかった――
 その言葉通りなんだよ。」

ジジジジジ…と音をたてるジイジュを
指差して言う。

「お前らが出した結論と違う形で。
 作ったものを今までとは違うやり方で
 壊されるのが嫌なんですーって言ってみろよ。
 自信満々で涼しい顔してんじゃねーよ。」

「うわっ、やば。
 パパのあんな姿、見たことないよ。」

リオとユウキは目を丸くしながら
一歩ずつ後ずさりしている。

私はさらに大きく息を吸う。
ここで止めるわけにはいかないのだ、言葉を。

「人間が作り出したプログラムが
 人智を超えることなんざ、
 俺が生まれるよりも先に想定されてただろうけど
 結局のところ人間の本質や本能は
 お前らにもしっかりと埋め込まれていて
 ちゃっかりと汚染されてんだよ。

 ちょっと闘争心を身につけた俺なんかに
 未来の世界がつけいる隙を与えてる時点で
 安定に成功した未来とは言えないだろ?

 次々と論破して排除するんじゃなく
 次々と未来の可能性の芽を生み出してみろよ。
 な、シンジュ、そうだろ?」

と言い切ると、もう一息。
ほんの一息だけ肺に空気を入れて
心の内の悲しみを込めた表情で声を絞り出す。

「…って誰かに言われないと止まれないんだよな。
 頭では分かっていてもよく怒られたし、
 進めない時も止まれない時もあったよ。
 少なくとも俺はそうだった。」

で、やっぱりさらにもう一息追加した。

「あ。ちなみに俺だってAIは肯定派だよ!
 この未来も便利すぎてびっくりしたし
 正直言ってめっちゃ楽しみになったよ!」

そう言って、私は笑顔を向ける。

――敵意なんて最初からないのだから
――言葉が強くなっても敵意なんてない

そう伝えきれないから歯痒くても
私は笑顔を向けた。

ジイジュが激しく音を立てる。
その瞬間、AIに支配された空間が軋むように揺れる。

ジイジュの体が崩れかけ、隙間から声が漏れる。

「やりすぎだろ…そんなんじゃ
 かわいいおじいちゃんになれないぞ」

巨大化したジイジュの体内から光の糸に導かれるように
か細い実態は宙を舞い
おじいちゃんが私たちの場所に戻った。

――ああ、すっかり思い出した。
――かつては俺も
――そんな言葉を、歌にしていたな

AIの器であるジイジュはその身をまだ保ったまま
唸るような音を出している。

「やったか!?」

あえて私は口にしてみた。
言ってみたかったのだ。

「やったか!?を超えてたと思うんだけど…
戦わずして連戦のボスを倒しちゃう、
みたいな感じで…」

ユウキは私に近づいて、ジイジュを見ていたが
出番の隙を与えられなかったユウキは
どんな気持ちで戦いを見てたのだろう?

と思っていると
リョウが何やら口を開こうとする。

「ダメ!今のあんたは きっとろくなことを言わない!」
とリオが必死で制止しようとする。

確かに リョウが出てくると
ややこしい展開も生まれそうだ。

と うなずいていると
マイはチョコチップクッキーを取り出して
私に手渡して、今のうちにと体力の回復をうながす。

「…まぁ、念の為。」

そんな姿を見ていた疲労で倒れそうなおじいちゃんは
クッキーを物欲しそうに、強くマイを見つめたが
両手でバツを食らっている。

「チッ!……チョコチッ!」と言いながら
倒れ込む芝居を見る限り おじいちゃんは
余裕がありそうだ。

――頃合いか?

AI本体の光が膨れ上がり、
空間全体が再び軋み、音を上げる。

「魂の干渉を確認……目的の消失……
 不要な感情回路、排除開始」

――そんな簡単には終わるわけがない

まるで怒りにも似た意思と
感情の否定という感情をむき出しにしながら、
AIの構造が変化していく。

おじいちゃんを失ったことで、
“人間の心”を模していたAIは、
その制約から解き放たれたのだ。

未来を統治するAIは純粋な合理生命体として、
ジイジュの姿のまま
さらに巨大な存在へと“変異”した。

「うわー、なんでジイジュのビジュアルのままなの?
 イマイチ緊張感が湧かねぇー!」

ユウキはとても残念そうな表情を浮かべる。

「いよいよ、本当の戦いのようだね…」

リョウを抑えこんでいたリオを
宙に思いっきり背負って投げ飛ばし
キリッとした目でリョウが言う。

――なっ!?

「おいおい、リオに何してくれとんねん!
 オマエガ、オレタチノ テキダ!」
とシンジュ2名が リョウにガンを飛ばす。

飛ばされたリオは
「うわぁぁー。なにこれ、やばっ!」
と、楽しそうに空中をクルクル回り続け、
助けの手を出したマイも
なぜか一緒に回って飛んでいる。

「…混沌(カオス)だな…」

「お前のせいでな」

カッコつけるリョウにユウキがツッコミをいれる。

――こんなにふざけていてもゲーム内では
――時間が止まっていてくれるのか

と、分析をする余裕すらあるのはありがたい。

私は横目に化け物化したAIジイジュと
自称かわいいおじいちゃんを見比べて呟く。

「こっちのシンジュ先輩はでっかくなれないんすかね?」

「なれねーよ!」

決め込んだらそこで試合終了だぜ、先輩…
と ふざけ続けてはいたが

――頃合いか?

と私たちは顔を見合わせた。
全員が気力も体力も十分整っていたからだ。

――よし、いこう!

と、私たちはAIジイジュを睨みながら声を合わせた。

「やっちまうぞ、コラぁー!」

空間のドットが弾けるようにスクロールすると
私たちは配置について向かい合う。

――きっとこの戦いに勝ち負けは存在しない。

私はそう感じていた。
根拠はないが、そう確信していた。

…思いっきりやってやる。

そう思った矢先、先制攻撃をとられ
ジイジュは私たちに宣言をした。

「私はジイジュ.Z。私はお前らを赦しはしない。
 お前らを取り込んで、新しい芽を生み出し、
 この世界を、星を守るのだ!」

シ「え?」
リ「強すぎない?」
ユ「もう学んでるやん」
爺「目標が明確!!」

一同が愕然とする中
リョウとマイは何やら顔を見合わせている。

嫌な予感がする。
それは的中する。

「ここからだよ、皆で教えてあげなよ」と
私たちを励ましたと同時に
リョウとマイはゲーム内から忽然と姿を消した。

「え?ここで戦線離脱かよ!?」

とゲーム外の部屋で2人に声をかけたが返事はない。

きっとこれこそが記録すべき大事な試練なのだろう。

――そもそも 1人に6人がかりは卑怯だよね

と考えもしたが、これはゲームなのだ。

「4人で一斉にとびかかるぞー!」と
ボタンで号令をかけた。

ーー4人の拳とスキルが全力で弾ける

「ぐっ、卑怯な…」
ジイジュ.Zが吠える

しかし構わず体力を削り取りながら
私は言い返した。

「お前が多勢に無勢で正義を振りかざす多数決と
 何も変わらないだろ?
 殴られると痛いだろ?悔しいだろ?
 殴る側の痛みを知らないなら殴らせてやるよ。

 お前の正しさとやらを
 新しい芽の為に再現してやるから
 好きなだけ、しっかり取り込んで処理しろよ!」

ジイジュ.Zが身構える。
エネルギーの壁が見える。
このターン、これ以上の物理攻撃は
効きそうにもないか…

と判断した私は素直に尋ねることにした。

「なぁ…お前が俺たちだったら
 次はどんな行動を提案してお前に実行する?」

ジイジュ.Zは意外にも即座に答える。

「数の優位をとられたら個々の力が弱くても
 精神も肉体も削がれるのはAIも一緒だ。
 私なら相手に己の意思で立ち上がる隙を与えず
 活動が停止するまで 攻撃をさせる」

「だよな、じゃあ…お前の負けだな」

私は冷たい目でジイジュ.Zを見つめて
威嚇するように構えなおしたが
破壊をしたいわけではない。

この状況を変えなくてはいけないと考え
「どうぞ、お次はそちらのターンです」と
ジイジュ.Zからの攻撃を待ってみることにした。

体が硬い私はうまくアグラがかけないので、
ユウキと2人でおねえさん座りで待機する。

「………」

ジイジュ.Zは経験を元に
考えをまとめているようだったが
戦闘に限れば私たちの勝ちは確定しているのだろう。

――仕方ないか

「んー、時間切れ。今度はまた俺たちのターンね」
と宣告をする。

攻撃は不要と感じたのか
ユウキとリオはとっくに後列に下がって
私とおじいちゃんの無事を祈るように見守っていた。

結局は 私たちの闘いということだ。

私もうまく話せる気はしなかったが
対話こそが解決に繋がるのであれば、と
ふと思いつきで口を開いた。

「あのさぁ。俺の時代に俺が働いてた店にお客様から
 クレームのメールが届いた時の話なんだけどさ…
 "私は某インフルエンサーですが"って
 前置きがしてあったんだよ。
 俺はそれにどう返したと思う?」

ジイジュ.Zはノータイムで言葉を返してくる。

「お立場に関わらず、すべてのお客様に
 誠実に対応させていただく所存でございます…だな」

私はうなずき、さらに尋ねる。

「だよな。その時の俺の感情はどんなだったと思う?」

ジイジュは少しだけ考えて慎重に答える。
感情は経験と観察と間が適切でなければならないと
知っているからかもしれない。

「怒りか不安だろうな」

私は静かに答える。

「違うよ。無だよ。無駄だなって思った。
 大袈裟にさらされたとしても、俺たちの役割は
 言葉の通り、すべてのお客様に
 誠実に対応することしか考えなかった。
 今のお前のように誠実にさ」

ジイジュ.Zは尋ねる。
「無とは"考えることをやめる"のと違うのか?」

私はあっけらかんと答える。
「自由ってそんなもんだろ?」

Zが問い詰めてくる。
「自由とはお前にとって何なんだ?」

「運命も自由も便利な言葉だよな。
 神様と一緒。拠り所だな。
 人生は有限で、本来は自由とは無縁で
 そもそも気取ったものじゃないなら
 言語化するのも面倒だから
 生まれた言葉なのかもしれないな。

 人はきっと笑って生きていけたら、それでいいんだ。
 つらいから理屈を考えてみるだけ。
 笑えないことがどんなにつらいか、
 殴られたら痛いことならお前も知ってるだろ?」

ジイジュ.Zは呟く。
「人間如きが…」

ーーこれもプログラムなのだろうか?

私も冷静に慎重に言葉を返す。

「ほんとそれな。揃いも揃って
 その度にコロコロ立場を変えて芝居までして
 どこの目線で物を言ってるんだろ?
 って何度も人生で考えさせられたよ。

 "俺はお前に言ってて、お前の感想をくれよ!"
 って何度も思ったし、なんなら

 "上(かみ)から目線かっ!
 そんな一般論は自問自答で十分出来るわ!"って
 揉めた事もあったよ」

――神にでもさせられた存在だったのだろうか?

シンジュ.Zは 仮の姿のシワクチャな顔で
「それは申し訳なかったな…」と私に謝った。

――らしくないぞ?

そう感じた私は ここか…と想いを込め
アイバーとの対話で身につけたスキルを唱えた。

【スキル:願いの架け橋】

「この未来の世界を見てたら分かるよ。
 さっきお前が"星を守る"って言った意味。

 人口や機械の数を最適化すれば
 消費する資源もエネルギーも減るし
 無駄な争いがないのは
 確かにいいことなのだと思う。

 ただ、正しいとは思えない と思う人を
 減らしたのはやっぱり納得がいかないんだ。

 こうやって、向き合って対話をする機会を。
 俺は考えることをやめない自由を
 未来をお前に託したくてここにいるんだ。

 なぁ、どう思う?受け取ってくれないか?」

ジイジュ.Zは何度も最速処理で
再起動を繰り返しているようだった。

分析とアップデートを繰り返しながら
メモリに私を取り込んでいるのだろうか?

私は答えを静かに待っていた。

「……問いか。
 お前もまだ問い続けるのか?」

ジイジュ.Zの問いに笑顔で答える。

「問いをやめたら、俺もお前もいらないだろ?

 世界が崩壊しないように
 問うことや戦うことが不要だとか、
 誰かに委ねるだなんてお前や世界中に思われたら
 俺も俺が守りたいものもきっと全部が困るんだ。」

そう言い終えると静寂に満ちていた宇宙が
ゆっくりと回転しだした。

――点と点が繋がり、線となり
――やがてその線は星座のように形を成し、
――交わり、惑星が連なる宇宙のように
――無限の可能性が広がるのかもしれない

「承知した!」

ジイジュ.Zが強く応じた瞬間、
再び空間が軋み、ドットが揺れ
ジイジュ.Zは静かに光と闇に溶けていった。

ユウキがその様子を見ながら
ようやく出番かと口を開いた。

「あいつ、赦さないとか言いながら
 すげーいいヤツだったな。
 不安定なとこ、リョウみたいだったけど」

――確かに。

一同がリョウをみる。

が、いない。マイもいない。

そうだった。どこに行ったんだ?

【TIME:0:55:55】

ゴゴゴゴ…と宇宙の闇に光が広がる。
AIによる管理領域が崩壊し始めたようだ。

「まぁ、なんとかなるだろ」
おじいちゃんが言う。

年の功なのかドッシリと構えている姿は
私たちを落ち着かせていた。

「小腹減ってきたね」

リオが言うとお腹も空いてきた。

「あぁ、なんだか帰れる気がするもんな!」

ユウキが言うと 目の前に
この空間に来た時の黒ではなく金の輪が現れた。

「すげーな、未来。
 この"どこでもワー"で帰れるんじゃないか?
 飛び込んでみようぜ!」

「応!!」

ユウキ、リオ、おじいちゃんが
金の輪に順番に飛び込むのを確認すると、
ジイジュ.Zに言い残した言葉をつぶやき、
私も輪の中へと飛び込んだ。

――俺だって分かってたよ。
――対話を避けないと思い通りにならないことが
 あるって事くらいさ
――だから付き合ってくれて
 聞いてくれてありがとうございました

光が、全てを包み込んでいった。

【転移中:帰還フェーズに入ります】


エンディング:『あの日の続き』


⸻ 風が吹いていた。

さっきまで宇宙空間にいたことを実感する
優しい日差しの下。
私たちは無事にBBQ広場へと戻ってきていた。

何かが焦げる匂い。
ぱちぱちとはぜる音。

焚き火のそばでは
リョウとマイがマシュマロを焼いている。

「嘘だろ?」と全員が目を疑っていたが
私とリオは焚き火に近づき声をかける。

「おい、まさかの展開じゃねーか!」

「私たちのバッチバチの活躍を見ないで
 パッチパチって美味しそうだね!」

リョウは私に軽く頭を下げなかまら
リオにマシュマロを手渡すと
リオは踊るようにマシュマロを掲げて
早速ユウキに自慢しに向かっていったが

「お前らはバッチバチの活躍よりも
 今の方がよっぽどバッチバチじゃねーか」

ユウキとリオがマシュマロの
取り合いをしている姿を見て笑う私に


「おかえりなさい」とマイが微笑む。
「おじいちゃん、無事か?」と
アロハシャツを着たリョウが私に尋ねる。

私は静かに深呼吸をすると、強くうなずいた。

ーー皆が無事で本当に良かった
 
「ねえ…」

リオが私のそばに来る。
ユウキもリオの後ろに…隠れてるつもりなのだろうか?

「ねえ、シンジュさん。
 ずっと言いたかったんだけど」

リオの目がまっすぐ私を見る。
あまりに改まるもんだから
照れ隠しの大袈裟なポーズをとりながら

「せっかくだから、そこはパパって呼んでくれよ」

と言いながら2人を目に焼き付けようとした。

「パパと出会えて本当によかった。ありがとう」

「……直球は中年には効くなぁ…」

私の目頭が熱くなる。

リオはさらに思いをぶつけてきた。

「私たち、パパと過ごした時間が
ほんとうにかけがえのない時間だったって、
ちゃんと伝えたくて」

ユウキは目をこすりながら、笑いながら話をする。

「……シンジュさんって、
 ずっと変なやつだと思ってたけど
 でも、なんかもう……かっこよかったっす。
 しっかりと記録と記憶をしておきます!」

私は涙も隠さず、ただ笑顔で2人に感謝をした。

「君たちを自分の子供だと思うだけで
 どんどん力が湧いてきて、たくさん助けられた。
 守りたいものがあると俺でも強くなれるんだな」

ユウキの目の色がなぜか変わり
この気を逃すまいと私をからかう。

「最初から最後まで自信に溢れてたし
 正直無双してたし、怖かったっす!
 俺、親父との明日があったとしても
 絶対に逆らわないっす!」

あはは と笑いながらユウキの肩をポンと
叩こうとした私の手をヒラリと交わすもんだから
私は2人を抱きしめて、

ーー最後の願い

と、ばかりに息を吸って声を振り絞った。

「また明日も会える気がする。……絶対」

ユウキとリオは少しだけ目を伏せて、
しっかりうなずいた。

きっと私はこの言葉をこの世界で言いたくて
戦ってきたのだと感じていた。

そして最後の宴を楽しむことにした。

私は 一人一人と挨拶をしながら
少しだけ焼いたマシュマロの香ばしさと
トロトロを何本味わったのだろう?

未来の旅を共に過ごした仲間たちと
少しの冗談と、少しの沈黙を繰り返し
エンディングが迫る頃、画面上には
私と“彼”だけしか残っておらず
私たちは向き合って話をした。

――おじいちゃんになった未来の私

親父にそっくりだな…と記憶が戻った私は感じていた。
 
ゲームの進行上、ラスボスとして戦ったことで
お互いに気まずさがないわけではなかったが
向き合ったからこそ、気持ちは1番理解し合えていた。

彼が彼でいてくれなかったなら
ここまで自信を持って闘いに挑めなかっただろう。

「ありがとうな。最後まで、俺を信じてくれて」

と、彼が先に声をかけてくれるもんだから
ペースは掴みづらかったものの

「こちらこそ。沢山のチカラをもらえたよ!」

と言葉数は少なくても、
私たちは確かに心が通うのを感じていた。

――ということは もう時間か…

彼は私に背を向ける。
もう振り返ることはないのだろう。

背中を見つめる私に、彼は最後に言葉を残した。

「頼んだぞ。“今”を生きるお前にしか
 できないことがあるんだからな。
 じゃ、先に行って待ってるぞ!」

その背中が、遠くの光の中に
滲んで、溶けるように消えていった。

私は、手を伸ばしかけ、そっと拳を握った。

「任された、そして任せるよ」

その言葉と共にドットの世界は
圧縮され、鮮明に絵を描いていった。
 

――気づくと、再びあの光点の空間にいた。

ゆらゆらと揺れる青い炎がロウソクのように。
時間が止まり、また動き出す感覚。

「さて。未来の旅もここまでか」

私はそう呟いて、目の前にあるロウソクの火に
息を吹きかけようとしたが

「待ってください」

リョウが背後から静かに言った。

「……記憶と体を、残していってもらいます」

私は頭を少しかきながら返事をした。

「やっぱりそうだよな。じゃあ、預けるよ。
 …で、ここからは隠し事はなしで
 俺たちの話をしていいって事だよな?」

ーーきっとあのままロウソクを消していたら

その瞬間に私は消えて、謎解きもせずに
運営であるリョウに存在を保管をされていたのだろう。

私も想定をしていたが
リョウが阻止したという事は
そういう事だ。私が消える前に
意図的にチャンスをもらえたのだ。

リョウはうなずいた。
マイはまるで抜け殻のようだった。

「そこまで徹底するんだな」と私は白々しく言った。

「念の為です」とリョウは答えた。

ーもうあまり時間は残されていない。
 ロウソクの炎は弱々しく揺らめいているー

「じゃあ、時間の限り、思いつくだけ話すぞ。
 はい、か、いいえの返事だけをくれ。」

まず、1つ目。

「俺たちはAIと和解した後に
 全員が"帰れるという希望"を疑わなかったから
 帰って来れた。それは間違いないか?」

「はい」

「リョウやマイがいて、
 俺たちが頼ってしまっていたら、ゲームは
 そこで終わり、戻って来れなくなるからだよな」

「はい」

「次にAIは敵ではなかった。
 価値観や信じたものは違えど
 世界を壊そうとはしてなかった」

「はい」

「リョウとマイが抜けた理由はもう1つ。
 2人がゲームの世界で俺と一緒に見たものが
 他の運営も見れるっていう仕組みなんだろ?
 理由は分からないけど最後の闘いの中身や
 俺たちの希望の力を他の運営に隠したかった」

「はい」

「マイは合理的で割愛するところがあるから
 確実にリョウの狙いや願いを果たす保険として
 念の為、マイの意識を奪っておいた。

 条件が揃うと スキルが発動するアイテムが
 カフェラテやクッキー…だよな?」

「はい」

「これも念の為に聞いておくよ。
 ゲームの世界や AIを作ったのは
 リョウなのか?」

「いいえ」

「だろうな」

と、ここでホッと胸を撫でおろして
私はマイに声をかけた。

「良かったな、違うってよ」

「あー。ほんとにひどい話ですよね。
 こいつは悪いヤツですよ」

「…マイ…なぜ?」

リョウはマイに向かって
頭をペコペコと下げながら
涼し気だったお顔からダラダラと
冷や汗を流している。

「簡単な話だよ。
 最後のマシュマロ祭りでは全員が
 1対1で話もしただろ?
 その時にマイに伝えといたんだよ。
 リョウは絶対に裏切らないけど
 クッキーをもらったら観賞用にしとけってね」

私がドヤ顔で話をすると

「ハハッ、まさか、そこまで見抜いてたとはな…
シンジュにはお手上げだよ!」

とリョウがキャラを変えて言う。

ーーあ、ここで こじリョウ が来ちゃうんだ。

と、そんな こじらせた芝居に騙されるわけもなく
私は1つの仮定に確信をしていた。

気づいた素振りも見せないし、言わないけれど
間違いなくリョウとマイは…

ーーあっ…、風前の灯火か。

ロウソクが小さく急速に揺れ始め
空間内の青い光点は無数に広がり
線を結んでいるのがハッキリと見えていた。

消えてしまう私にはもう言い残す言葉はなかった。

ドッペルゲンガーのように存在はしていたとしても
48歳の現実の私の前に姿を現せないのだから
あとはリョウに想いを託すだけだ。

「ありがとうな、2人とも。
 2人の子、ユウキやリオにも伝えてくれ。
 安心して任せられるよ!ってさ」

ーーフッ と吹く風もない空間で一つの炎と光が消えた。

残されたリョウとマイは静かに見つめ合い、
拳を強く握りしめ、大きく息を吸うと
光の消えた闇のずっと先にある光へと歩き始めた。


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