小説『点命』第2章


第2章 点命

――もしも命を点に例えたら
誰が私を見つけてくれるだろう?

①話:命の揺らぎ

――

音が消え、色が消え、重力すら感じない。

――

それでも、脳に酸素が回ったのか、
冴えてきた頭は私に考えを巡らせる。

これは夢のようであっても、きっと現実だ。
ならば、私は生き抜かなければならない。

「……そっか、生きたいんだな」

口から自然と出た言葉にハッとした瞬間、
謎の声が私に問いかけてきた。

「欲しいものは、何だ?」
「叶えたい未来はあるか?」
「お前が、守りたかったものは?」

以前の私なら確固たる想いがあったはずだ。
けれど今の私にはどれも明確ではない。
まるで水を含みすぎた絵の具が紙の上で
意図せず混ざって滲むような曖昧さ。

うまく言葉に出来ない私を待つ事もなく
問いかけは止まない。

「別の世界で生きてみたくはないのか?」
「やり直したくはないのか?」

私は気づいていた。

この問いかけのヌシは、私自身だ。
ならば私が答えを出すまで止まる事がないのだろう。

――人生は 選択の連続でできている。

成功の基準も、価値観も、理想の答えも個々にある。
では、“分岐点”は一体いつ訪れるのだろう?

何かを選んだ瞬間か。
何かを掴んだ時か。
選べなかったことを後悔した時か。
それとも――選ばされていたと気づいた時か?

この不思議な環境に順応してきたのか、
「想像」という自由に委ねたおかげなのか、
思考はひとつの答えにたどり着いた。

――分岐点は、“結論”を出すまで、無限に存在する。

私は言葉にして、自分に問い返した。

「なぁ、シンジュ。お前に付き合ってやるよ。
……で、逆に、どうしたいんだよ?」

その瞬間、返事をするかのように、
遠くの暗闇から無数の小さな光点が
ぽつぽつと浮かび始める。

それは、まるでケーキのロウソクの火のように、
命のように、ゆらゆらと揺れていた。

「……なんだ、これ?」

ふと、身体がふわりと浮いたように感じる。
これなら自由に動けそうだ。

私は暗闇の中で目を開き、
一際光る点の中心に向かって歩き始めた。
聞き慣れない別の声が耳に届いたが、
はっきりとは聞き取れない。

特に驚きもしなかった。

すっかり自身を取り戻した私は、
声のする方に向かって陽気に呼びかけた。

「お次でお待ちのお客様、お待たせしました!
 こちらへどうぞ~!」

すると、ぼんやりと人影が二つ、
光をまとい、形を成して姿を現す。

「うわっ……!」

さすがに驚いた。
腰を抜かすところだった、心臓が飛び出すかと思った。
どっちも未経験なので知らんけど――と驚いた。

2人がゆっくりと私の前に立つ。

そのうちのひとり――
女性が優しく微笑み、優しい声で挨拶をした。

「こんにちは」

「こんにちは」

私も自然と返した。
この暗闇の中でその挨拶はどうなのか?
という疑問はあったが
恐ろしいまでに落ち着いた透き通った声に
思わずつられてしまった私を待つように

ひと呼吸おいた後に隣の男性が続ける。

「こんにちは」

思わず私は、声に出してツッコんでしまった。

「お前もそれか!丁寧か!一度で済ませよ!」

男性は目を丸くして驚いている。

――そうだよな、間が悪くても挨拶しただけだもんな

私はなんとも言い表せない、
懐かしいような感覚を抱きながら

「はい、こんにちは」と笑ってから尋ねた。

「これは……どんな状況ですか?」

それは率直な問いだった。

自分と自分の対話を経て
何かしらの結論を出すことが
この夢のような空間を終わらせるキッカケになる
と勝手に思っていた矢先の来訪者だ。

不思議と混乱する事はなかったが、
きっと私は冷静に状況を整理しなくてはならない。

男性が名乗る。

「僕はリョウ。こちらはマイ。
 そして、あなたはシンジュさんですね」

私は無言でうなずいた。
私はまだ名乗ってはいないが疑問もなかった。

むしろ、女性といい、この男性の声も顔もいいなと
思う余裕すらあった。

すると、リョウは微笑んで言葉を続けた。

「シンジュさん、今……記憶はありますか?」

私はしばし考え込み、パッと目を見開いた。

――名前以外、思い出せない。

私はどんな人間だったのか、
何が好きで何を大切にしていたのか。

まるで、自分という存在が“記号”に
還元されてバラバラにされてしまったかのようだった。

思わず天を仰ぐ私にマイが静かに口を開く。

「シンジュさん。本名は分かりますか?」

「……え?」

心の奥がざわつく。

「シンジュ……って、俺の名前じゃないの?」

リョウの声が、静かに重なる。

「結論から言います。
 シンジュさんは、過去も未来も失って、ここにいます。
 当然、記憶も、夢も、ありません」

私は言葉を失った。

何で知ってるのか?
それ以上に、彼の言う通りだったからだ。

リョウは説明を続けた。

「僕たちは、“とある世界の運営・記録係”です。
 無数にある世界の中で、何らかの理由で
 世界から逸れてしまった存在を、
 その人の本来の意志の力によって元の世界に戻す。
 その手助けと記録係を担っています」

私はうなずいた。
信じる他になかった。

私は不思議と棒立ちのままのマイに尋ねてみた。

「俺にできることはありますか?
 失ったものは……取り戻せるんですか?」

マイは一瞬、間を空けた後、
ニッコリと微笑んで元気よく答える。

「過去と未来に行けます!」

「ん?話はそれだけ?」と私は言葉を漏らした。

普通であれば衝撃的な回答かもしれないが
これは夢のような世界の話。

むしろ私は想像以上に機械的なマイの返答に驚いた。

リョウも驚いた顔をしていたが
私が戸惑う姿を見て、
「んんっ」と咳払いをしてからリョウが補足する。

「人は誰しも、“過去”か“未来”に行けたら
 と考えたことがあると思います。
 あなたも以前、
 “未来”と答えていた記録があります」

……そうかもしれない。

正直なところ、今の私は何も覚えていない。

私の周囲が過去をやり直したいと答えていたのであれば
生来の天の邪鬼な性格が、
同等のバランスになるように動いていたとしても
不思議ではない。

私は自称"天秤座代表"なのだから…
覚えてないけど…と考え終わると、
リョウが間を空けずに話を続ける。

「人の想いは、時に
 システムエラーを起こすほど強い力を持ちます。

 歴史を変えてきたのも、支えてきたのも、
 結果をみれば“個”の力が起こりであり、
 言い換えれば
 "個が世界"と私たち運営は考えております。

 つまり、シンジュさんは偶発的に
 “世界にエラーを起こしうる存在”として
 世界から逸れかけていたため、
 私たち運営が保護しました。

 ここから先はマイさんが言った通りです。」

言葉を終えるとリョウがマイに目配せをする。
段取り通りなら本来は
ここからがマイの出番のようだった。

マイがニッコリとうなずく。

「シンジュさんには、過去と未来に行ってもらい
 その結果で“あなたの現実”を再構築をします」

ん?今度は言葉足らずではない?と
私はリョウの反応を見る。

リョウはウンウンと頷いている。

残念ながら理解に至らなかった私は
2人に向かって尋ねた。

「過去や未来に行って、俺にとって都合のいい世界に
 "かんしょう"したり"かいへん"も出来るのか?」

ひとまずここは大事なところだ。
設定上、絶対に大事なところなのだが――。

「構いません」

リョウとマイは、即座に答える。

思わず私は叫んでいた。

「な……なんだってー!?」

熱量でいうと推定5人分位の私、
"5シンジュが驚いた"と表現しても
過言ではないだろう。

高鳴る鼓動を抑え、冷静を装いながら、
私は更に問いかける。

「リョウやマイも同行すると言ってたけど、
 具体的にはどんな役割や手助けをするんだ?
 考えてもみたら、本来いないはずの手助けがいる
 ってだけでチートだよな?」

リョウが軽くうなずくと説明を始めた。

「始まれば分かると思い、私も割愛しましたが、
 調べの通り慎重な方のようで安心しました。
 過去や未来に行くにあたって、
 まずはジャンルを選んで頂きます。」

マイがリョウと顔を見合わせ
"うなずく"とその説明を続けた。

――なるほど、

そういうルール(うなづいた方が話す)にしたのか
と私も息を呑み、マイに耳を傾ける。

「まずはシンジュさんを2つに分けます。」

「こわっ!」と思わず私は声をあげる。

――割愛癖のあるマイに説明はさせるべきではない

と認識した私はリョウに目配せをする。

「リョウさんがうなずいて!」

と私の強い懇願に気づいたリョウは
マイに見えるようにうなずく。

マイは"解せぬ"という顔をしているが、
ルールに則り、話し手がリョウに替わる。

「マイさんの発言は非常に端的でしたが、
 決して間違いではありません。

 まずシンジュさんの本能や意識を抽出して
 AとBという器に分けて入れます。

 今の性格では同じ結果になりかねないので
 本能を強めた状態で過去と未来に送ります。」

私はうなづいてみた。
リョウが「どうぞ」と進行する。

「口を挟んでしまって申し訳ない。
 "本能"ってなんなんだ?
 それは選べるのか?」

リョウが黙ってうなづく。

「ここから先はプレイを始めてから説明もしますので、
 ご質問は少しの間、ご辛抱ください。

 まず質問された"本能"についてですが
 シンジュさんには"闘争心"と"逃走心"の数値が
 非常に極端な形で備わっています。
 今のままでは他の世界のバランスを崩す要因にも
 なりかねないと私たちは判断した為
 どちらかの本能と時間軸の組み合わせを選んで
 体験して頂くのが今回の主旨です」

あまりにも淡々と話しているが
私には抗う余地はないのだろう。

――運命とは人が荒らしあうもの

私は深く考えた末に
「マイさん、続きを頼めるかい?」と声をかけた。

逆らいようのない状況において
これ以上の説明はいらないと判断したからだ。

マイはうなずき、号令をかける
「シンジュさん、選んでください」

私はさらに考えることにした。

こういう展開でありがちなのは
過去に戻って世界を変えてしまえば
現在が変わってしまうという縛りだろうが

記憶のない現在が変わったところで、
そもそも本来の現在に
何の価値があるのかは分からない。

――今を全力で生きていけば未来はよくなる

そんな意識で動いていたら
いつか未練や後悔も消化して
過去に手を振って"さよなら"が出来るはず…

――そうやって生きてきた

と思いこむ私の過去に今更何が出来るのだろう?

――未来はどうだろう?

未来を思い浮かべた途端、なぜか
"かわいいおじいさんに俺はなる"
という気持ちが強く湧いてしまった私は
未来の私の姿が気になっていた。

未来に行けば、自分の歩んだ道の先が見える。
もしも未来の私が傲慢だったら
プライドを打ち砕いて正す事も出来るのか?

もしも未来に見つけた後悔があったなら――

「“今から行くよ”って、手を振っていたい」

と気づけば口にしていた。

リョウがにっこりと笑う。

「決まりましたかね?」

マイが確認する。

「未来に“闘争心”、過去に“逃走心”ですかね?」

私はうなずいた。

「マイさん、それは俺のセリフだし、
 なんで分かったんだよ!?」

3人が笑い合ったあと
リョウが真顔で告げる。

「それではルールをお伝えします。

 お気づきかもしれませんが
 現在の記憶はすでに一部お返ししています。
 未来は不確定な要素が多い為
 シンジュさんを主人公にしたゲームの世界で。
 過去は過去の自分になるのではなく
 見守る形で進行していきます。

 なお、過去や未来で
 現在のことも、この空間での出来事も
 決して誰にも話してはいけません。
 私たちはシンジュさんの進行の
 “手助け”と“監視と記録”を担います。」

マイも続ける。

「ゲーム内での制限時間は48時間です」

私も答える。

「48時間ならちょうどいい。
 で、“過去”はどれくらいの期間、滞在できる?
 さすがに48時間ってのはないだろ?」

「48日分でどうですか?」

「お願いするよ」

記憶が戻り、後戻りはできないと知った今。

――48歳だから、48時間と48日?
私に何が出来るのか、何を取り戻すべきなのか――

私は自分の中の熱を確かめるように、
マイさんに静かに言った。

「じゃ、行こうか。それぞれの世界に」

「ここでの細かい説明は割愛します」

(第2章 完)


次章は物語が分岐します。
•第3章『未来』
•第4章『過去』

あなたの心が惹かれる方から、お読みください。


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